第4話:王の剣の帰還

 二人の婚儀は王宮内の神殿で執り行われた。


 姉のアンジェーナが結婚する二人の露払いの花を撒く「春の乙女」の役をやり、妹のベアトリスがフランシーヌのヴェールの端を持った。

 幸せな二人は神官によって祝福され、結婚誓約書に署名し、晴れて夫婦となった。


 その夜は祝賀の夜会があった。

 フランシーヌはアンジェリーナと交換した卒業パーティーの時のドレスを着て、新郎ブレイとファースト・ダンスを踊った。


 フランシーヌは王宮の自室で最後の夜を過ごしてから、翌日の午後にダンドリオン侯爵家に入った。


 フランシーヌは丁重ながらも他人行儀な歓迎を受けたが、夫のブレイはフランシーヌを心から愛していた。フランシーヌはこの結婚に幸福が約束されていることを確信していた。


 一方、ダンドリオン侯爵家ではフィリパを不幸にした過去を忘れず、王家に従うが何かと遺恨を蒸し返していた。


 もちろんダンドリオン侯爵家の誇りである「王家の剣」の痣が現国王の腕に出ていることは知られていた。

 その母親フィリパはダンドリオン侯爵家の出身で、現国王の父親に踏みにじられた苦々しい遺恨があった。


 ダンドリオン侯爵家では王家に嫁いだフィリパの父親以来、「王家の剣」の印の赤いスペードの痣の出現なかった。まるで王家に「王家の剣」をの誇りを奪われたかのように。


 国王の孫のフランシーヌがブレイに嫁ぐことも、王家からの謝罪と受け止められており、少々の反発心は拭えなかった。


 晩餐が終わり、フランシーヌは夫婦の居室に案内された。


「湯浴みの用意が整いました」

 ダンドリオン侯爵家でフランシーヌにつけられた侍女が告げる。


「ダンドリオン侯爵家の仕来たりで、初夜の湯浴みのお手伝いは夫の母親であるわたくしが立ち合って采配致します」

 生粋の姫であるフランシーヌは、自分の体を他人に委ねるトワレ(身支度)に慣れると言うより、当たり前に育っているので、にっこり微笑んだ。

「はい、お義母様」

 侍女達に衣類を脱がされ、最後の一枚が体から離れた時、フランシーヌの後ろに立っていたシルヴィアは息を呑んだ。

 フランシーヌの背中の真ん中に、ダンドリオン侯爵家直系の印である赤いスペードの痣があったのだ。

 フランシーヌはそれを察して振り返って微笑んだ。

「ダンドリオンの剣が帰ってまいりました、おかあさま」


 その『おかあさま』という呼称の響きは、先ほどの『お義母様』とはあきらかに違った。柔らかく親しみをこめたものだった。

 知らず、シルヴィア夫人は涙を流していた。


 シルヴィア夫人は現在のダンドリオン侯爵ジェラルドと従兄妹で、遡ると王家に嫁いだフィリパ、現国王の母親の妹の孫にあたる。


 フィリパが王家に嫁いで以来、ダンドリオン侯爵では『王家の剣』の印の赤いスペードの痣を持つ者が現れず、国法でぎりぎり許される近親婚が続けられていた。

 それにも関わらず痣は出ず、シルヴィアも期待を裏切っってしまう結果となった。


 今では暗に「ダンドリオンの印を持つ者が現れたら爵位を継ぐ」と決まってしまっていた。


 その痣を持つ者が、ダンドリオン侯爵家に戻って来たのだ。

 ダンドリオン侯爵家の誇り「王家の剣」を持つ王女の降嫁だったことに、シルヴィアは大きな喜びと感謝を覚えた。


 翌朝、再び仕来たりでトワレに立ち会ったシルヴィアは、その後で「王家の剣の帰還」を夫ジェラルドに告げた。


 王女の降嫁に多少の反発のあったダンドリオン侯爵家では一転、フランシーヌを歓迎し下にも置かない厚遇となった。


 フランシーヌとブレイは仲睦まじく愛を深め合っていった。


 そして半年が経ち、王子ジルリアとライラ・ダルア侯爵令嬢の国婚の儀が執り行われた。


 王子と王子妃は幸福で輝いており、遠目に眩しい二人だった。


 国を挙げた祝いは各地でも行われ、王家から食事の振る舞いがあった。


「次はアンジーの番ね」

 ベアトリスがアンジェリーナに言う。

「来月立ってしまうのよね。寂しいわ」

「新しいお姉様がいらっしゃるでしょ」

 ベアトリスを抱き寄せてアンジェリーナが言う。

「ライラお姉様はジルお兄様が離さないわよ」

 二人は笑い合った。


 翌月、アンジェリーナはフィランジェ王国の王太子ウィンダムの婚約者として、ラバナン王国を出立した。

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