18. 大魔導士の叡智

 十数年ぶりとなるSランク冒険者の出現に騒然となるギルド。


「上級魔人を一発で吹き飛ばしたんだってさ」「マジかよ!?」「さっきの大爆発も彼女がやったらしいぜ」「やっべぇ……」


 見るからに弱そうな子連れの女の子が、Sランクとして評価されたことは冒険者たちにとって衝撃だった。


 ムーシュは蒼を抱きながら、驚愕きょうがくし、固まっている冒険者たちの間を楽しそうにドヤ顔で歩き、ギルドを後にした。


「きゃははは! 主様、見ました? あいつらの顔? うっふぅ」


 ムーシュは嬉しそうに蒼のプニプニほっぺに頬ずりをする。


「あんまり目立つなよ。お前の実力はDランクなんだぞ! 腕試しなんて来られたら面倒な事になるよ」


 蒼は渋い顔でムーシュの顔を引きはがす。


「そんなときは主様が倒してくれるから大丈夫ですって! くふふふ」


 浮かれたムーシュは笑いが止まらない。ずっと無能扱いされてきたムーシュにとって畏敬のまなざしで見られたことなど生まれて初めてだったのだ。


「倒すって、俺に殺させようとしてるな……。無駄な殺生させんなよ!」


「はーい、気を付けまーす!」


 ムーシュは反省もせずに、楽しそうに口先だけ適当に言った。


「もう……」


 蒼はふん! と鼻を鳴らして不満そうにムーシュをにらんだ。



      ◇



 両側に花が咲き乱れる美しい石畳の道を、二人は楽しげな馬鹿話で盛り上がりながら進んでいく。やがて、日陰の中にひっそりとたたずむ、魔力がうっすらと漏れ出している不気味な店が見えてきた。魔道具屋だった。


「ここ!? なんだか凄い店だね……。解呪の魔道具、売ってるかなぁ……」


 蒼は文字ももうかすれている古びた看板を見上げる。マスターの話ならこの店で見たことがあるということだったが……。


「ふふっ、聞いてみましょう!」


 魔石を換金した大金で上機嫌なムーシュは、年季の入ったドアを力任せに開けた。


 ムワッとカビ臭く、エキゾチックな臭いに包まれる。


 ムーシュは顔を歪め、店を見回した。棚一杯に魔法の杖や古代の魔道具が整然と並び、不気味な雰囲気を醸し出している。中でもポリネシアの仮面を彷彿ほうふつとさせる呪いの仮面は、一目で不吉な力を秘めていることが感じ取れた。


「こんにちはぁ……」


 ムーシュが恐る恐る声をかけると、奥のカウンターで白髪交じりの老婆が面倒くさそうに眼鏡をクイッと持ち上げる。


 ムーシュは口をキュッと結び、そろそろと店内を進む。


「あのぉ、解呪の魔道具が欲しいんですけど……」


 老婆は小首をかしげ、いぶかしそうに幼女を抱えたムーシュを見つめる。


「解呪? いろいろあるけどどんな呪いだい?」


「天使にかけられた呪いなんですが……解けます?」


「はぁ? 馬鹿言っちゃいけない。天使が呪いなんてかける訳なかろう」


「え? あ、そういうものなんですか?」


 ムーシュは蒼をチラッと見る。


『間違いなく天使だよ。でも、天使は普通は呪いなんてかけないんだろうな……』


 蒼は天使に翻弄される自分の運命を呪い、深いため息をついた。


「天使がかけるとしたら祝福だよ……、そもそも女神や天使なんて伝説上の存在。あんたそれは騙されてるね」


 老婆は上目遣いでムーシュを見る。


「祝福……ですか。それを解除する魔道具とかはあるんですか?」


「ある訳ないだろ! 天使が連なる女神は創造神。そんな究極の存在がかけた物は人間の作った魔道具なんかじゃ解けはせんよ」


 老婆は肩をすくめて首を振る。


「じゃあ、女神が作った魔道具なら……解ける?」


「はっ! そんな魔道具こんな店で売ってるわけがなかろう」


「うーん、それなら宮殿の宝物庫になら……ある?」


「宝物庫なぁ……もしかしたら初代国王が賜ったものの中にあるかもだが……お前さん、そんなこと知ってどうするんじゃ?」


 老婆はけげんそうな顔でムーシュを見た。


「あ、いや、単純に興味で……。それじゃ魔導書はありますか?」


 ムーシュは話題をそらす。


「そりゃああるが……、最低でも金貨百枚じゃぞ?」


 冷やかしは帰れと言わんばかりの不機嫌な目でムーシュを見る老婆。


「あ、それなら大丈夫ですよ。ほらっ!」


 ムーシュはマジックバッグから金貨をひとつかみ取り出し、得意げに見せる。


「おほぉ!? こりゃ驚いた……。何の魔導書が欲しいんじゃ? ん?」


 老婆は目を輝かせガバっと立ち上がった。


「あー、魔物がどこにいるか分かる物とかありますか?」


 究極の攻撃力を持つ二人にとって、敵に奇襲されることだけがネックだったのだ。


「おぉ! それならちょうどいいのがあるぞえ……」


 老婆は急いで店の裏に入っていくと、真っ白い手袋をはめた手で鍵付きの小箱を持ってきた。それは、美しい木目の古木に銀色の象嵌ぞうがんが施された骨とう品。その細工は一見すると単なる装飾に過ぎないかのようだが、よく目を凝らせば時を経てもなお色褪せない神秘的なルーン文字が静かに輝いて見える。もう何世代も大切に受け継がれていたのだろう。目だった傷もなくいまだに誇り高き気品さえ感じさせる。


「これが天声の羅針盤ホーリーコンパスじゃ。いにしえの大魔導士による力作……。こんな状態の良い物はもう二度と手に入らんぞ。


 老婆は慎重にカギを回し、小箱を開いた――――。


 中から現れたのは古めかしい魔導書。赤味がかった茶色のレザーで縫い合わされた表紙に金の箔押しで描かれるルーン文字は、まるで遠い過去から時を越えて届いた大魔導士の叡智えいちそのものだった。


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