12. ハムの仇
ムーシュは焼け野原を軽快な足取りで横断し、昼過ぎには生命力に満ちた森へとたどりつく。
「ふぅ、そろそろお昼にしましょう! お腹すいちゃった。きゃははは!」
ムーシュは倒木に蒼を腰かけさせる。
「おぅ、お疲れちゃん」
蒼は健気に頑張ったムーシュの腕をトントンと叩き、慰労する。
「ありがとうですー。さーて、何を食べようかなぁ?」
ムーシュはマジックバッグに手を突っ込んで中を探った。
「お、ハムがありましたよ、主様~!」
ムーシュは目を輝かせ、まさに王者級のハムを誇らしげに蒼に披露する。
その時だった。
バシッ!
影が目の前を横切り、ハムが消えた。
「うわぁ! うわぁぁぁ!」
ムーシュは精神が破壊しそうなほどの半狂乱に陥る。
蒼が見上げると、
「ありゃぁ……」
「主様! あいつを殺してぇ!」
ムーシュは涙目になって必死に訴える。
「いやぁ、殺してもなぁ……」
蒼は顔をしかめながら首を振った。今さら殺しても、鳥につかまれ、森に落ちていったハムなど食欲がわかない。
「何言ってるんですか! 報復ですよ、報復! ハムの恨みを晴らしてくださいぃぃぃ!」
ムーシュは蒼を持ち上げてブンブンと揺らす。
「しょうがないなぁ……」
蒼は飛び去って行く鷲に向けて手を伸ばした。
その刹那、紅蓮の火炎が森の奥から轟音とともに噴き出し、鷲は瞬く間にその
「はぁっ!?」「ひぃぃぃ!」
丸焦げになった鷲はそのまま森へと落ちていった。
「あれ……、主様の魔法……ですか?」
ムーシュは蒼をキュッと抱きしめる。
「んな、訳がない。なんだかとんでもない奴がいるぞ!」
直後、焦げた鷲を
「ワ、ワイバーン!?」
ムーシュは驚いたように叫んだ。
全長三メートルはあろうかという、恐竜に似た面影とコウモリのような巨大な翼を持つワイバーン。その全身が厳つい鱗で覆われた幻想的な生き物が、大空へと翼を広げ羽ばたいていく。
「何? あいつは珍しいの?」
「レアですよ、レア! 普段は山奥に居て森なんかには降りてこないんですよね。やはり昨日の大爆発の影響かも……」
「ふぅん。ハムの仇を討ってもらってよかったじゃないか」
「主様! 何言ってるんですか! 今すぐ殺してください! あいつの魔石は貴重なんですよ?」
「そ、そうなの? じゃあ……ごめん、死んで
刹那、紫色の光をまとったワイバーンは森の中へバサバサと墜落していった。
◇
それから一週間――――。
二人はちょくちょく襲いかかってくる魔獣たちを倒しながら森の中を進んでいたが、森は終わる気配を一切見せず、疲労は彼らに重くのしかかっていた。
「ねぇ……。さすがに方向間違えてんじゃない?」
蒼はウンザリとした表情でムーシュの腕をペシペシと叩いた。この先数千キロずっと森が続いている可能性だってあるのだ。もしそうなら、解呪は夢のまた夢。受精卵として死亡する未来しか見えない。まさに死活問題だった。
「大丈夫ですよ! もうすぐ! もうすぐ……だと……思いたいですね……」
今までお気楽な精神力でへこたれなかったムーシュも、少しずつ疲れの色が現れ始めた。
「参ったなぁ……」
「そろそろお昼にしましょう! お腹減ってるから気持ちが沈むんです!」
「またイノシシの肉だろ? さすがにヤバいから止めようよ」
数日前にたまたま出てきたイノシシを即死させて解体したのだ。美味しく毎食に登場してきたがさすがにそろそろ厳しいだろう。冷蔵庫もないのに生肉などそんなに持つはずがない。
「いやいや、塩とハーブでつけてあるから大丈夫! だと……思いますよ?」
「あのなぁ、僕は幼女なの! お腹弱いんだからさぁ」
「うーん、じゃ、新しいイノシシ探しましょうよ!」
ムーシュは嬉しそうに言う。しかし、猟師だってそう簡単に見つけられないイノシシである。素人がそう簡単に見つけられるわけがない。
「探すって……、どうやって?」
「何かないんですか? イノシシが近くにいると髪の毛が立つスキルとか……」
「アホか!」
蒼はムーシュの腕をペシッと叩く。
「いたーい! 暴力はんたーい!」
ムーシュは痛がる振りをして蒼をジト目で見る。
しかし、食糧調達は確かに急務だった。
「ちょっと見てくるよ」
蒼はムーシュの腕からピョンと跳びおりると巨木の幹まで走り寄り、まるで猿のようにピョンピョンと枝を跳び上がっていった。この一週間、魔獣を倒し続けてさらにレベルが上がっているようで体が軽い。
あっという間に見晴らしの良い
「えっ……?」
蒼は見慣れない人工物を見つけ、目を疑った。川に橋が架かっていたのだ。
「Yes!」
蒼は胸の高鳴りを抑えられずにガッツポーズを決めた。ついに、この異世界で人間の痕跡に遭遇したのだ。初めての文明との接触に、蒼は目頭が熱くなった。
「主様~! 美味しいの見つけましたか~?」
下からのんきなムーシュの声がする。
「うん! これは相当に美味しいぞ!」
異世界の人々との接触への期待と緊張で、蒼の心は複雑な旋律を奏でた。
森を渡る風がそんな蒼の髪を大きくたなびかせていった。
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