re:winDriv:er(リワインドライバー)~異世界とデスループと全人類転生計画~

長月 鳥

転生1回目 大賢者

幼馴染?

 ……疲れた。

 理不尽なクレーム、万引き老人、立ち読み防止のテープを剥がすガキ、田舎の接客って大変なんだな。

 早く帰って横になりたい。


 溜め息しかでない俺はスマホのロック画面に表示されている22:12 5月14日(土)を確認して家路を急ぐ。

 働き始めてから今日でちょうど2週間のコンビニバイトの帰り道、車も疎らな田舎道は梅雨入り前の涼しさを際立たせる。


 大学卒業してから2年間、都内の大手企業のSEとして頑張って働いてきたけれど……。

 「ったく使えねぇな」

 「遅いんだよ仕事がっ」

 「この書類間違ってるぞ残ってやり直せ」

 「また飲み会不参加? ったく付き合い悪いなぁ」

 「お前みたいな足手まといはこの企画から外れてもらう」

 「無能なやつはいらない」

 「レベルが低いんだよ」

 「邪魔っ」

 追放モノってやつですか? 俺実は凄い才能の持ち主なんですけど、いなくなったら困ると思うんですけど?

 ……なんて妄想にも疲れて退職して田舎に戻ってきたのだけれど、働き口があるはずもなく、しぶしぶバイトで食い繋ぐ日々。


 ああ、俺、どこで間違ったんだろう……。


 いや、きっと最初っから間違ってたよな。

 親父は俺が小学校に上がる前には、他の女作って出て行ったし、お袋はギャンブルで借金作って家に男連れ込むし、田舎だからそんな噂もあっという間に広がって学校でずっと苛められてきたし、それが嫌で頑張って勉強して、支援金やら奨学金やら使えるものは全部使っていい大学まで出て、やっとこさ都会に逃げたのに、そこでもやっぱりダメだった……なんだろう、俺って苛められる才能でもあるのだろうか。


 「くそっ、クソだろ、こんな世界……」

 片田舎の整備の行き届いていない街灯の点滅が、俺の悲壮感を際立たせる。


 「リンネくん?」

 少し戸惑い立ち止まった。

 社会に出ると下の名前なんて呼ばれなくなる。ましてや男なのに若干カワイイ名前。

 納戸(なんど)リンネは間違いなく俺の名だ。


 振り向いた先には、髪をポニテに結び、少し垂れ目の大きな瞳、綺麗な赤の口紅を上手に塗った厚みのある唇、2つ外したワイシャツのボタンが胸の大きさを際立たせ、パンツスーツが抜群のスタイルを強調する。


 「香苗?」

 「やっぱリンネくんだぁ、ひさしぶりー」

 佐々木(ささき)香苗(かなえ)、幼稚園からの腐れ縁。いわゆる幼馴染。現実逃避からアニメやラノベの知識が豊富になった今の俺には甘美な響き、一瞬にして胸が高鳴った。


 「お、おぉ、久しぶりぃ」

 「高校以来じゃん、リンネくん変わってないねーすぐ分かったよ」

 近い近い、めっちゃ顔を近づけてくる。昔っからグイグイくる奴だったけど、仕事ばかりで女っ気が無くなった今の俺には刺激が強過ぎるっ。

 「そ、そういう香苗も変わってないな」

 「えへへ、そうかな」

 香苗は少し照れた感じで返してくれたけれど、“変わってない”なんて下手糞な言葉が出た俺の口をぶん殴ってやりたい。

 香苗は明らかに可愛くなった。いや、美人だ。スタイルも抜群。

 そういえば昔から声とかもアニメのキャラクターみたいな可愛い声だった。声優にも詳しくなったから分かる。

 彼女は逸材、田舎の天使、そして俺は幼馴染っ、これはもう……。


 「あっもうこんな時間なんだ、ごめんね、急いで帰らなきゃ、またゆっくり話そ」

 手を振りながら小走りで横断歩道を渡る。

 腕時計を見た彼女の左手薬指には、高そうな指輪……。


 俺の胸の高鳴りは一瞬にして静まっていた。

 そりゃそうだよな、昔っから素直で気立てが良くて人懐っこくて、今は美人でスタイル抜群の天使を放っておくバカは居ないよな。

 幼馴染かぁ……幻想だな、ラノベ読むの止めようかな。


 ん?

 俺の背後に不規則なエンジン音が近付いてくるのに気が付く。

 軽トラ? 無灯火だったから気が付かなかった。


 「危ないな、これだから田舎は。おーーーーいっ」

 無灯火を知らせるために俺は運転手へ手を振った。

 ノロノロと走る車内を街灯が照らすと、顔を赤らめ幸せそうな顔で目をパチパチさせているおじさんがハンドルに身を任せているのが見えた。

 マジかよ、完全に居眠り運転じゃないか。

 おじさんは首を横に倒し完全に眠りについた。それと同時にアクセルを踏み込んだのか、車のスピードは一気に上がった。


 軽トラの進行方向には香苗、まだ横断歩道を渡り切っていない。


 「くそっ」

 考えるより先に、俺の体は動いた。

 いつ以来だろう、こんなに全力で走ったのは……。


 ドンッ。


 香苗の体を思い切り突き飛ばした後、俺の体が宙に浮くのが分かった。


 ぼやけた目に映る香苗は、泣きながら何かを叫び、俺の体を揺すっているみたいだが、何も聞こえないし、なんの感覚も無い。

 あれ……これ……俺、死ぬんじゃね?

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