2-97.J.B.(63)Rusty Cage. (錆びた檻)
「古代ドワーフ遺跡としてはややハズレ……ってとこだね。今の所」
つい最近まで
あったが現時点までの調査としては、どーもイマイチの成果だ。
まずボーマ城塞にくらべ破損状況が酷い。そしてクトリア王朝による改築時にも上層階の多くは発掘され、遺物の多くも持って行かれていたらしい。その上でさらに廃城塞と化したここをアジトにしていた
そして本当に隠されていた奥の奥は、遺跡というより大自然。豊かな自然溢れる盆地だ。
そこには契約してバックアップを頼んでいる狩人達が入り、採集狩猟をしている。
岩鱗熊みたいなヤバい魔獣や、豹なんかの肉食獣も多数居る上、樹木の精霊ドリュアスや人を惑わす魔物のアルラウネなんていうのもうろついてるので、あまり奥地にまで入り込めない。それでも果物や木の実に薬草香草蜂蜜岩塩等々、食肉以外にも様々なものが手に入る。
荒れ果てた
が、それは俺達の領分とは違う。
「まーなー。ここで手には入る果物とかうめーけどなー。
どーもドワーフ遺物に関しちゃ期待薄だぜ」
天幕内で並べられた幾つかの収集物は、皿や壷等の日用品に、壊れたドワーベン・ガーディアンの残骸なんかの、まあそれ程高値じゃ売れない、ありきたりなものばかり。良いのでも指輪やサークレット、ネックレス等の装飾品。ドワーフ合金はぱっと見金に近い色と輝きがあり、単純な装飾品としても好まれるが、本物の金よりは輝きは鈍く、美しさには欠ける。それでも金にはない硬さと魔力を使う魔鍛冶師でないと溶かしたり加工したり出来ない点から重宝される一面もある。実際古代ドワーフのドワーフ合金貨は、素材としての価値に装飾の美しさなどから、小粒金貨と揶揄されるクトリア金貨より価値があるとみなされている。ま、実際には貨幣というより時価取引の工芸品扱いだけどもな。
何にせよそんな程度の成果では、オレンジみたいな柑橘系の果物をかじりつつボヤくアダンも、やややる気なさげなのは仕方ない。
今回の
それもこれも、このセンティドゥ廃城塞の古代ドワーフ遺跡での優先的発掘権を王国駐屯軍に保証させる、という契約あってのこと。
ま、確かに
その上、これまた不運な事故ではあるが、探索者見習いとして入ったばかりのジャンヌにアデリアの2人までもが、転送門での移動に巻き込まれて行方不明になる有り様。
それまで含めりゃ、今の所マイナスの方が大きいと言えるかもしんねえ。
「で、どーよ? そっちの進展はよォ~?」
「ダフネの検証だと、第四の遺跡は“巨神の骨盤”辺りじゃねえか、ってよ」
クトリアを西から北、東までをぐるりと半円形に囲む巨大山脈の“巨神の骨”は、伝承によるとかつて世界を創造した巨神の父の死骸であるとされる。
その中でちょうどクトリアの北にある最も高い山を“巨神の骨盤”と言い、山頂付近には白い万年雪が積もっている。
「じゃ、じゃあよ! アデリアちゃんも今そこに居るってーことかよ!?」
立ち上がり興奮気味に言うアダンに、
「落ち着けバカ。まだただの予想にすぎねーよ。そもそも糞高い上範囲もだだっ広いし、挙げ句あの辺りにゃ巨人族も住んでんだぞ。
うかつにホイホイ行けるわけねーだろ」
「うむぐ……」
気持ちは分かるが、こればかりは仕方ねえ。不確かな状態で突っ込んで行きゃあ、ある種の二次遭難みたいなことになる。
「ぬぁ~~にが、“第四の遺跡”だとぅ~~~……!!??」
そこに話って入る甲高い声の主は、古代ドワーフ文明研究家のハーフエルフ、ドゥカムだ。
のっそりとやつれた顔で天幕へと入ってくる様は、さながら呪われた幽鬼のように不気味だ。
「……お、おう。その、何だ、大変そうだな……」
ドゥカムがここに居残り、マーラン達探索者メンバーと調査を始めて一週ほど。
クトリア市街地に戻った俺たちは俺たちで、ヴァンノーニファミリーの動向を探り、マヌサアルバ会の試食会に出て、挙げ句
その間、こっちはどうだったかと言うと……まあ先ほどマーランが言ったとおりにほぼ成果らしい成果が無い。
それは“利益になる遺物”が欲しい俺達だけでなく、“研究家としての発見が欲しい”ドゥカムも同様だという。
とにかく表側、つまり盆地の外側の方は、まずクトリア王朝がセンティドゥ城塞を作る際に半分以上改築したため、古代ドワーフ遺跡としての要素がほぼなくなっている。
表側の内、盆地内部への入り口───または出口のあったような隠し区画にしてもかなりボロボロな上、死ぬ前のクークが言っていた程には“お宝がたんまりと”は無かった。
詳しく調べればまだまだ隠された区画もあるとは思うが、その中身もこうなってくると期待薄。
となるとドゥカムとしては盆地内部に目が向く。
盆地内部へと繋がっていた通路から進んだ最初のホール。そこは精霊樹と呼ばれる巨木が変化したもので、樹木の精霊ドリュアスの宿ったものだそうだ。
古代ドワーフはエルフ達と異なり個々に魔術を行使する能力はさほど高くなく、その代わり魔導技師、魔鍛冶師として魔導具やらの魔法の装備、道具類を作るのに長けていた。
人為的な
その中でもかなり完成度の高い
が。
その二つともを、例のガンボンの連れだったと言うダークエルフの魔術師のレイフとかいう野郎が既に“支配”している上に“封印”も施されて居て、ドゥカムが調査しようにもまるで手も足も出ないらしい。
ドゥカムにとっちゃあ、まるで絶対に破れない分厚い強化ガラス越しにお宝を見せつけられ続けているみたいなもの。
なんとかして支配権を奪えないかと試みても、ドリュアス始めとする“守護者”達にボコボコにされ追い返される。
しかもそのドゥカムのしつこさに辟易したからか、
挙げ句最近じゃ盆地内に入ろうとするだけで追い出される“出禁”状態だとかで、まあこの有り様。
とはいえその有り様のドゥカムにも、こっちとしては用もある。
「まあとにかくよ。アンタにも見てもらいてーもんがあるんだよ」
腰のポーチから取り出すのは一枚の地図。ダフネにより実は印刷用の版画だったことが分かった、ボーマ城塞奥の遺跡で見つかった金属板から刷りだしたものだ。
「なぁ~ん~だァ~~~貴様ァ~~~? つまらんものを見せたらただじゃ……む?」
不機嫌すぎてめちゃくちゃガラが悪くなってるが、手渡された地図の刷りだしを観ると即座に反応。古代ドワーフ文字は専門だけに読み解くのも早い。
「……中心が……つまり四元素だけではなく……この場合循環の規模が……いや待て、クトリア王朝は分かっていてそれを変えたのか……?」
早々と自分の世界へと入り込みぶつぶつと譫言のように何事かをつぶやき続ける。おーい。
「なあ、ドゥ……」
「黙れ」
「ドゥ」
「うるさい」
……ダメだこりゃ。しばらく戻って来そうにねえな。
■ □ ■
仕方なくドゥカムのことは暫く放っておくとして、俺は天幕の外の別の場所へと向かう。
さてさて、様子はどうだかな……と。
「うははは、お前もう全然鈍ってんじゃんかよ!」
「うぅぐ……!」
「……実際、かなりひどいぞ」
「う、うぅるさい、気、が散るッ……だろゥッ……!!」
スティッフィとニキ。2人の“コワモテ”な女にいたぶられ……いや、指導されているのはやぶにらみで陰気な顔色をした男、アリック。
例の暴走ドワーベン・ガーディアンに負わされた怪我と、仲間の死という心の傷からなかなか立ち直れていなかったアリックだが、流石にこういう状況でただ引きこもりを続けられては困るということで、ハコブに命ぜられセンティドゥ廃城塞での調査、探索へと参加するようにと無理矢理連れてこられた。
まあ実際にここまで連れてきたのは俺なんだけどもな。
今は体力測定を兼ねて腕立てだのダッシュだの、つぶて投げだのをやらされている。
んで、その結果はやっぱりちとよろしくないようだ。
まあ、あんだけ休んでりゃあなあ……。
その横で一緒にやらされてるのは、新入りで見習いのダミオン。しばらくはモロシタテム復興を手伝っていたが、落ち着いてきた事と、クルス本家家長のラミンから「町の恩人でもあるシャーイダール探索者達の下へ行き、立派に仕事をしてこい」と発破をかけられ、こちらへと支援物資ごと出向いてきた。
で、これがまた特にスタミナや腕力方面ではなかなか好成績。さすが元探索者の叔父イシドロに鍛えられてきただけはある。
比較すると手先の技を除けばほぼダミオンの方が上だ。
実際もともとアリックは白兵戦闘には長けていない方で、鍵や罠、仕掛けを探知し解除無効化するのが主な役割だった。
とは言えそれでも最低限には戦える程度の体力技術はある……はず。それがまあ長いブランクのせいか精神的な落ち込みのせいか、かなりだめだめになっている。
「なあ、アリ。ジョス達も死んで、もう残ってんのはアタシ達だけだ。
辛いのは分かるけど、ここで踏ん張らねーと行き場がねえぞ」
ニキの呼び掛けに、アリックは再び睨み返し、
「……るせェよ」
「あ?」
「……るせェんだよ、おめーはよ!
ジョス、ジョス、ジョス、ジョス……。口さえ開きゃあジョス、ジョス、ジョス!
ああ、そうだよ、奴は死んだ! 俺達は生き延びた! それが答えだろうがよ!
奴が死んだのは弱ェからだ! 俺達は生き延びたんだよ! 糞ったれ! ジョスのことなんか知るか!」
まるで悲鳴だ。喚き散らし口角泡飛ばす勢いだが、いやある意味すげー元気過ぎじゃねえの?
そのアリックへとニキは飛びかかり、首根っこを掴んでそのまま地面へと打ち倒し馬乗りになる。
「ふざけんなっ……! アリ、てめぇ本気で言ってんのか……!?
ジョスは……ジョスは真っ先に怪我をしたてめぇを助ける為に死んだんだろうがよ……!!??」
と、鬼気迫る勢いで問い詰める。
ジョス達の最期、顛末に俺は立ち会ってない。具体的に何があったかも知らない。
ただ、ジョスは“便利屋”と言われるだけあり多くのことを器用にこなせるが、同時に武勇に長けたマッチョ野郎というワケでもない。
仲間を庇い暴走したドワーベン“ハンマー”ガーディアンに正面から立ち向かうには、確かに力不足だったろう。
そして俺達“現地組”主体のハコブ班とはやや距離はあったものの、王国領からの移住組のリーダーとしては、責任感のある兄貴肌な奴でもあった。
「誰が助けてくれなんて頼んだよっ……!? 勝手なことしやがってジョスの野郎っ……!!」
「……このッ……!」
おっと、ちとこれはマズいな、と走り寄り止めようとすると、俺より先に割って入ったのはスティッフィ。
「あー、面倒臭ェなおめーらはよー。
はいはいそこまで。離れて離れてー」
ニキを抑えて引き起こしつつも、相変わらずやる気なさげな物言い。だが、自分に関わり合いにならない揉め事にはまず興味を示さないスティッフィにしては珍しい。
俺も後をついて間に入り、アリックに手を貸しつつ、
「お互い言いたいことはあるだろうけどよ、まず落ち着けよ。
今は見習いのダミオンの訓練でもあるんだから、みっともねえ所見せるな」
と言うが、アリックはその俺の手を払いのけ、
「おめェも調子乗ってんじゃねえぞ……。
ハコブからすりゃ、所詮お前らだって“都合の良い手駒”でしかねえんだよ。
いい気になって間抜け面晒してっと、足元掬われるぜ……」
と、そう吐き捨てると、そのまま立ち上がり、足をやや引きずるような歩き方でそのまま立ち去っていく。
あー……何つーか、かなーり“拗らせ”ちまってンなあ。
「なあ、ニキ。あんま奴の言った事は気にすんな。
あいつはあいつなりに責任を感じて、けどそれを巧く消化できてねーんだろう」
そうフォローするように言うが、別に確証があって言ってるワケでもない。けどまあそういうのは多少はあるんじゃねえかな?
ニキはそれを受けても尚、眉根をしかめて睨み付けるかにアリックの後ろ姿を追っている。よほど腹に据えかねたのか……と思いきや、どうやらそういうワケじゃあないらしい。
そしてぼそりと、誰に向かって言うでもないような声音で語り出す。
「───アリには、兄貴が居たんだ。ギルって名前で、背の高い奴で、アタシ等がガキの時分から居た貧民窟ではいっぱしの顔でさ。ジョスもアタシもポッピも、みんな慕ってた」
ポッピってのはジョス班の一人で、バカだが体力とガタイだけは人一倍だった。多分単純な力なら、俺達探索者全員の中でも一番だったはずだ。けど、ドワーベン“ハンマー”ガーディアンの暴走の時にジョスと一緒に殺されちまった。
だがアリックの兄貴の話ってのは初耳だ。他の誰からも聞いたことが無いし、多分ニキ達がシャーイダールの探索者になる前の頃のことだろう。
「JBもスティッフィも、アンタ等みんなアタシ達のこと“ジョス班”って呼ぶだろ? けど本当ならきっと“ギル班”って呼ばれてたハズなんだよ。ギルが……生きてればね」
だが、ギルはニキ達がまだ王国領に居る頃に死んだ。クトリアへと来る以前にも、貧民窟暮らしから抜け出る手段として王国領内での遺跡探索やらはぐれゴブリン退治、賞金首の山賊退治のような荒事仕事を仲間数人としていたが、その際の事だという。
「その時、ギルはジョスのことを庇って死んだんだ───」
そしてアリックはジョスを責めた。お前のせいで兄貴は死んだ、と。仲間達は分裂し、喧嘩別れのようになりかけたが、話し合いの末に数人は残り再び結束。ギルの死にまつわるいざこざで当時の拠点に住みにくくなったこともあり、心機一転新天地を求め「クトリア行き」の流民達に同行することが決まった。
アリックは表向きジョスを責めるのを止めた。もとより兄のギルが居たから一目置かれていたが、アリック自身には人望もなく、仲間達を離れれば生きていけないという計算もあっただろう、と言う。
心中でのことは分からない。ただアリックは以前よりさらに陰気で、人嫌いになった。
俺の知ってるアリックはまさにそういう人間だ。陰鬱で嫌みたらしく、そのくせいつも他人の顔色を伺っている。繊細というより卑屈で小心で情けない。
けど「お前のせいで兄貴は死んだ」と責めていた相手にアリックは助けられ、その結果死なれてしまう。
───これは、キツい。
俺は初めて、アリックがジョス達の死の件で俺達の想像以上に精神的に堪えていた理由が少しだけ分かった気がした。
いや、何よりも今の今まで、ニキ達にそんな背景があったことすら知らなかったし、それ程深い付き合いの無かったポッピのことも、「ジョスの“ついで”で一緒に死んだ奴」としてしか認識しては居なかった。
何も───そう。何も知らなかったことを、今、改めて知った。思い知らされた。
「───実際よォ~~~」
ボリボリと頭を掻きながら、スティッフィが急にそう雑な物言いで話へと割って入る。
「おめーらがこれからどーするかなンてなあアタシの知ったこっちゃねェけどよォ~~~」
少し。ほんの少しだけ、まるで次に言うべき言葉を考えたみたいな間を置いてから、
「アリックの奴は一つだけ正しい事言ったぜ。
ポッピもジョスも死んだ。アリックとアンタは生きてる。
奴の言うとおり生き残ったんだからよォ~~~……」
と続ける。続けてまた再びボリボリと頭を掻きながら、
「後は……何だ、あれだ……」
一呼吸……いや、数呼吸ほどの間を開けて、
「まあ……好きに生きろよ」
と締めくくる。
俺もニキも、物凄く珍しいものを見た顔をして思わず目を合わせる。
その沈黙の間に、スティッフィはまた急に大声で、
「あーーー、腹減ったーーー! 飯食ってくらぁ!」
とわざとらしく伸びをしながらそう言うと、ドカドカと天幕へと向かい歩いていく。
「───スティッフィ……!」
その雑な歩き方で立ち去る後ろ姿に、ニキがそう呼び掛け、
「ありがとう。そうする」
と告げる。
スティッフィは少しだけ立ち止まり、見えるか見えないかくらいの小さな動きで右手を振ってそれに応える。
「うまく出来るか、分かんないけどサ……」
ぼそりと。小さくそう付け加えたニキの言葉が、やけに俺の心に絡みついて残り続けた。
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