遠くて近きルナプレール ~転生オークと戦乙女と~

ヘボラヤーナ・キョリンスキー

序章・1 怪物の誕生


 

ー序ー

 


 ……駄目だ、早すぎた……いや、そうではないのか……?


 ……何かが足りない……

 

 ……何が……?


 ……材料……呪文……術式……印章……念……?


 …………

 

 ……


1.


 “それ”、とここでは称しておこう。

 “それ”、はぶよぶよとした粘液状ともゲル状とも言えるモノだった。

 “それ”、は生物とも無生物とも言えるモノだった。

 おそらくは、多くの者が“それ”に対して抱くであろう感想は、「薄気味悪い」とか、「得体の知れない」というものになるだろう。

 或いは、「汚らしい」とか、「醜い」という印象になるかもしれない。

“それ”、はただの反応なのか何らかの意志なのか、あるいは本能のようなものなのか分からぬが、痙攣的に、または蠕動のようにうねり蠢いていた。


 そこは暗く、じっとりと湿り気があり、そして寒かった。

 そこはいくつかの広い空間と、それをつなぐ細い間道が入り組んでおり、あたりは主に岩に覆われていた。

 ときおり、どこかからか微かな光が反射して、ぬらりとしとた岩肌を見せる。

 滑らかな表面は鍾乳洞窟のようだが、“それ”以外にも瓦礫や人工的に切り出した石、また焦げた材木に家具調度の破片、溶けてくすんだ硝子などが、そこここに散乱していた。

 破壊の跡、といえる。

 様子からすると、大規模な破壊と崩落の跡と思える。

 硫黄、薬品や香水。そしてそれらの混ぜ合わさったような匂い。

 木々や岩、金属やガラスの焼け、煤けた匂い。

 血の匂い。汚物の匂い。肉の焼けた匂い。

 そういう様々な匂いがかすかに、あるいははっきりと感じ取れたかもしれない。

 だが、今は違う。


 “それ”、には嗅覚がなかった。

 匂いを感じ取る器官が無いのだ。

 光は? 感じ取れるらしい。しかし視覚といえるだけの明瞭さは無い。

 かすかな光や、または空気の流れを感じ、あたりの様子を認識しているようであった。

 

 “それ”は、のたうちながらも方々に移動を続けている。

 単に低きへと転がるかのようで、また何かしらの目的でもあるかのようでもあった。

 どれほどの距離、どれほどの時を経たのか。

 破壊の跡の残る洞窟からさらに奥へと進んで居たようだ。

 “それ”は、周囲にある別のものを認知していた。

 かさかさと這い回るもの。水辺にうねるもの。飛び交うもの。あるいはただじっと動かずにいるもの。

 生命、がそこかしこに存在していた。

 “それ”は、その中を動き回り、ある一つの生命に接触をした。

 捕食だった。

 手始めは、苔のようなものだった。

 しばらくして、茸のようなものを捕食した。

 それから動き回るもの、動物へと捕食対象を変えていく。

 なめくじ、虫、地底湖に住む目のない魚。

 捕食するごとに、“それ”は大きく、力強くなっていった。

 大きくなると同時に、さらなる変化をしてゆく。

 不定形のゲル状だった“それ”は、虫を喰い続けて脚を持ち、外骨格を得た。

 魚を喰うことで鱗を得て鰓呼吸も出来るようになった。

 視覚、嗅覚、聴覚と、感覚器も増えていく。

 まるで、食べるごとにその生命の持つ能力、特徴、情報を取り込んでいるようだった。

 それらの情報を元にして、“それ”は成長し、変化を続けていた。

 ゲル状の身体は軟体動物となり、魚類となり、節足動物となり、爬虫類となり、哺乳類となった。

 いや、現状を言えば、それらの様々な特徴を備えた新たな生命───怪物となっていた。


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