第9話 デッドリー・キトゥン
「この身のこなし……!? っち、"アクター"だったか。手ごわいぞ、気を付けろ」
男の指示を受け、刺客たちが一瞬後ろに引く。
その隙を狙ったようにリナリアが前に出て、背中に担いでいた杖を手に取り高く掲げた。
『ランドルースの森の妖精。我が元に舞い集いて、
その瞬間、杖の先にあしらわれた宝石に蝶のような光の幻影が集まり、それらが重なりあって眩いばかりの閃光がはしる!
「しまった!」
「くそっ、目眩しか!」
男達は驚きの声をあげると共に、洋服の裾で目を覆ってその場でへたり込んだ。
「うおぉぉ!! なんじゃこりゃ、目がっ!」
「――!? ちょっと! 何でカナトまでくらってるのよ!」
リナリアの杖をじっと見ていた俺も当然のように目の前が真っ白になる。
「だってお前、やるならやるって言えよ!!」
「言ったら目眩しにならないでしょ!」
「おい、二人とも、アホな事してる場合じゃないぞ!」
和の声が聞こえてくると同時にドサドサっと人が倒れる音がした。
周りはまだぼんやりとしか見えないけれど、どうやらこの隙に和が二、三人の敵を無力化したようだ。
「おのれっ……この際生きてさえいれば多少怪我をしても構わん! さっさと姫を捕まえろ! 他は殺してしまえ!」
苛立った男が命令を下すと、視界を取り戻した刺客達が一斉にリナリアに襲いかかる。
和もすぐに応戦するが、さすがに数が多く徐々に囲まれ始めてしまった。
「和、後ろ!」
和の死角から斬りかかろうとした敵に気付いて、俺は咄嗟に剣で斬りかかるが、横に薙いだ剣は男のローブを掠めただけでそのまま宙を切り裂く。
警戒した敵が大きく和から距離を取ったのは良かったけれど……空振りした俺の剣は石垣に深く突き刺さってしまった。
「……ぬ、抜けない!?」
両手両足に力を込めて思いっきり引っ張るが、剣はびくともしない。
そうこうしている間に、背後から襲ってきた刺客が俺の首めがけて短剣を振り下ろしてきた。
「やべっ……!」
慌てて剣から手を離して、屈んで身を守ろうとするが――
突如、斬りかかってきた刺客の上半身と下半身が異なる方向に滑るように別れて崩れ落ちた。地面には激しい血しぶきと共に、二つに裂けた死体が転がる。
「イィイッツ!?」
「嘘だろおいっ!!」
真っ二つになった血染めの死体を見て俺と和が同時に小さな悲鳴を上げる。周りの敵たちも、突然起きた出来事に驚きの表情を浮かべているようだ。
背筋が凍るような寒気を覚えて背後を振り返ると、闇の深淵から湧き出たような黒い
その顔には普段の子犬のように可愛らしい笑顔ではなく、狂気を帯びた悪魔のような冷笑が張り付いている。
「――ねぇ、あなたたち。今、私のお兄ちゃんに何をしようとしたのかな?」
…………許さないよ
うっすら桜色に染まるその可憐な唇から発せられた言霊は、凍えるような冷たさとともに男たちの恐怖心に深く突き刺る。
いつの間にかその手に握られていた彼女の背丈以上ある大鎌は、まるで真っ暗な影で出来ているかのように狭い路地をものともせずゆらりゆらりと揺れている。
その足元にはさっきまで居なかったはずの一匹の黒猫が、白く細い足に寄り添うようにぴったりとくっついている。深い琥珀色に輝く瞳は優雅なかわいらしさを湛えながら、しかし殺意と不気味さを混じり合わせてじっと敵を捉えて離さない。その姿はまるで香奈ちゃんの狂気を映し出しているかのようだった。
そんな彼女を目にした敵の一人が引き攣った声で叫ぶ。
「き、貴様はまさか、"
――俺たち現実世界からの来園者は、ここキュリオシティで"アクター"と呼ばれる。
今や数千万人居るといわれるアクターの中で、上位十本の指に入る実力の
それがこの可憐な女子中学生のもう一つの顔だ。
敵の問いには答えず、香奈ちゃんはゆらりと大鎌を持ち上げて細い腰をしなやかに捻る。
大技で全員纏めて切り刻むつもりだ。
「――っ! ちょ、香奈ちゃん、ストーップ!」
慌てて声をかけると鎌を振りかざす香奈ちゃんの動きが一瞬停止した。そのまま俺の顔を見ると、瞳に映る狂気は徐々に消えいつもの優しい瞳に戻っていく。
「お兄ちゃん、何で止めるの? このゴミたちさっさと片付けちゃわないと……」
俺は路地の中央に転がる真っ二つの死体に目をやりながら、言葉を続ける。
「こんな街中で大量の惨殺死体を出すのはさすがにマズいって!」
「だって……。お兄ちゃんも知ってるとおり私の能力、中途半端に手加減すると余計悲惨な事になるよ? お兄ちゃんに酷い事しようとするようなゴミはさっさと真っ二つにしてさようならだよ」
だらしのない兄を叱る妹のように、ぷくっと頬を膨らませてこっちを見る佳奈ちゃん。
「そ、それは分かるけど、いくら正当防衛とはいえ香奈ちゃんにこれ以上人殺しなんてさせられないなし……」
何とかそれらしい言い訳を考えるが……
「ん〜〜、一人やっちゃったら二人も十人も変わらないよ」
倫理観のぶっ飛んだ返事をキョトンとした顔で返されてしまった。
「ダメだって。騒ぎが大きくなれば騎士団やギルドも出てくるかもしれないし……」
倫理観もさることながら、リナリアを匿った状態で公共の機関に探りを入れられるのは中々にまずい。
俺の言ってることを理解してくれたのか、佳奈ちゃんはしぶしぶ手から大鎌を離してくれた。
「お兄ちゃんがそこまで言うなら……ごめんなさい。夕暮れで影がぼんやりしてなければもっと上手に殺せるんけど……。例えば身元が全く特定できないようなミンチ状にしたり」
「は、ははは。大丈夫、大丈夫。もう十分」
殺し方の問題じゃないんだけど……どうやら俺の言ってる事は全く理解されてないようだ。とりあえず、今は彼女が止まってくれただけで良しとしよう。
佳奈ちゃんの手元を離れた鎌は、影のような存在に戻り地面へ溶け入るように消滅する。黒猫も彼女の足元を離れ『ニャー』と恨めしそうな鳴き声を一つ残して路地の影の中へと消えていった。
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