小ネタ雑品倉庫

雪下淡花

たんぽぽ

ちいさな町のちいさな空き地、緑色の鉄フェンスに囲まれた日だまりの中。

太陽の光を体いっぱいにあびて、この春ぼくは黄色い花をさかせた。

まわりには、ぼくと同じ黄色い花たちが風にゆられていた。

モンシロチョウのやつがぼくらの間をとびまわり、さかんにみつを吸っている。


ブロロロロロ


けんのんな音を立てて、空き地の前の道路を赤い自動車が通り過ぎた。

そのわだちの中に、うす汚れた花がヨロヨロと揺れていた。

さっきの自動車に踏みつぶされた体を持ち上げて、また太陽の光を浴びようと背筋を伸ばした。

もう彼の花はぼくらのようなきれいな黄色じゃなかった。

もう彼の葉っぱはぼくらのようなきれいな歯並びじゃなかった。

彼の体はあちこちすり切れて、みっともなかった。

でも彼も、もともとはぼくらとおんなじ花だったはず。

生まれおちた場所がほんの1メートルちがっただけで。

たまらず、ぼくは彼に声をかけた。

「ねえ、キミ」

「やぁ」

「キミはどうして何度も起き上がるんだい?」

「さて、なんでだろう」


ブロロロロロ


ぼくが話しかけている間にも、今度は青いバイクが彼の上を通っていった。

「ねぇ、キミは幸せかい?」

「幸せって?」

「だってキミはそんなに何度も踏み潰されて、めちゃくちゃにされて、苦しいだろう?」

「そうかな。それでもボクは、元気だよ」

彼は恥ずかしそうにボロボロの体を風に揺らした。


何日も、彼はそうやって車にひかれ続けた。

やがてぼくらも彼も花を閉ざして体を横たえ、綿毛の下で種が熟するのを待った。

そしてつぼみの先端が白い綿毛にすっかり置きかわり、種を飛ばす為に体をピンと伸ばした頃。

ふいに道路の彼がぼくに語りかけた。

「ねぇ」

「どうしたんだい?」

「ボクはやっぱり幸せだよ。だって、これからボクの種が風に吹かれてどこへでも行ける」

「そうだね」

彼は誇らしげに、白いあたまを掲げた。

空き地には青いつなぎを着た人間たちが足を踏み入れ、あたりの雑草といっしょにぼくらをむしっては半透明の袋の中に詰め込んでいる。

やがてぼくの体は袋に閉じ込められたまま、トラックの荷台に放り込まれた。


ブロロロロロ


清掃のトラックが空き地の前から走り出した。

「あぁ。ボクもあんなふうに空を飛びたかったなあ」

袋の中から見上げる空を、彼の綿毛が飛んでいった。


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