13、 カシオペアは正しくメモをとる

 

 ホシコと気持ちが通じ合った俺だが、ホシコは腕時計を見てハッとし『ちょっと、先輩に声かけて来る』と天文部のテントへ行ってしまった。

 

 ホシコの背が見えなくなると、俺は先ほどまでのことがすべて夢だったのではないかと、自分の頬をつねった。

 右頬も左頬も十分痛かった。

 こんな幸運あっていいのだろうか?

 と、ぼんやり思っているとしばらくしてホシコが戻って来た。


(夢じゃなかった!)


 俺は、駆け寄るホシコを見て安心した。



「ごめん。天文部の先輩たちにちょっと断りを入れてきた。大地くんのこと話したら、すっごいからかわれた……」


 だいぶ疲弊しているようにも見えるが、頬は薔薇色で元気そうだ。


「からかわれはしたけど、こっちで観測していいって」

「ん? 観測?」


 俺は、何のことかと首をかしげた。


「もう、天文観測に来てるっていったじゃない?」


 ああ、そういえば最初にそう言っていたことを思い出した。

 夜空を見上げれば、満天の星はいくらでも降って来そうな気がした。


「先輩に、流星の数を数えないと帰りの車に乗せないって言われた。

 大地君は、ロードバイクで来てるからいいけど。私は、車に乗れなかったら徒歩だからね」


 ホシコは、お手上げよと笑った。

 俺も、チャリで飛ばして1時間だからホシコの足では日が暮れるかもしれない。


「さあ、大地君。気合い入れて朝まで一緒にペルセウスㇽ流星群を観測しょう!」


 気合十分のホシコを見て、本当に星が好きなんだなぁと俺は感心した。

 って、俺も観測員の頭数なのか!?

 俺が役に立つのか分からないが、とりあえずホシコの説明を聞いて勉強しよう。


「大地君見て。北東からペルセウス座が上がって来たね。

 ペルセウス座って見つけにくいのよね。カシオペヤ座とかアンドロメダ座の下の方って思ってるくらいでちょうどいいかも」

「へえ、そうなんだ?」

「カシオペヤ座はWの形のあれね。明るい星が多いから見つけやすいかな。アンドロメダ座はこっちね。カシオペヤは美人な王妃さまで、アンドロメダはその娘のお姫様なの」


 ホシコが、星座の説明をしてくれる。

 その声は、薄暗い中で聞くととても心地いい。

 柔らかく優しい声音に、俺は耳を澄ます。


「それで、大地君は美人系とかわいい系はどっちが好き?」

 俺は、突拍子もない質問に、ズルッとズッコケる。

「あ、もうリサーチしなくてよかったんだよね?」


 ホシコは、開いたメモをパタリと閉じた。

 俺は『お、おう……』あいまいな相槌を打った。


「気を取り直して、カシオペヤ王妃は美人であることを自慢しすぎて神様の怒りをかってしまうのね。それで、国で化けクジラが暴れるようになってしかたなく、娘のやっぱり美しいお姫様のアンドロメダを生贄に差し出さなければいけなくなるの」


 ギリシャ神話、美少女を生贄とかなかなか重いなぁ。

 しかも、原因の母じゃなくて娘が犠牲にって、ちょっとおかしいだろ? と、俺は聞きながら思ったが、ホシコの話の腰を折ってもなんなので、そのままウンウンと聞き入った。


「それで、海の岩場にくさりでつながれ、身動きの取れないアンドロメダを、化けクジラを倒して救ったのが、ペルセウスなの!」

「へえ、それがペルセウス流星群の星座なんだな」

「そうなの。ペルセウス座を放射点に持つ流星群がペルセウス流星群。

 ああ、英雄ペルセウス。星並びが見つけにくいなんて言ってごめんなさい……」


 俺は、ホシコのホントに反省している様子に思わず笑った。

 星座は、怒りやしないだろう。

 まして、こんなかわいいホシコを許さないこともない。


「けどね。分かりにくくても、私だけが見つけられる勇者でいてくれてうれしいんだよ」


 ホシコは、頬を赤らめて何か意味深にふふっと笑う。



 

 すると、ひゅんと夜空に長い弧が見えた。


「おっ! 流れ星だ!」


 俺は、初めて見る流れ星に驚いて声を上げた。


「ペルセウス座以外のところでも見えるから、広く空を見ててね」

「わっ、また流れた!」


 ホシコは、メモ帳に正の字を書いて数えている。

 俺は、今まで妙なことをメモしていたそのメモ帳の本来の役割を見た気がした。


「わぁ、すごい当たり年かもね。

 明け方までいっぱい見れそう」



 ホシコは、期待で目を輝かせて星空を眺めている。


 俺もその隣で、無心に弧を描く星を数えた。



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