11、 アウトドア飯は2割増し


 よく見ると星の位置が変わっていた。

 スピカもアンタレスも沈み、夏の大三角が天頂のあたりに昇ってくる。

 ホシコは、キャンプ用の簡易な椅子ローチェアに座り首をそらし夜空を見上げている。

 その横顔があの日、星空に魅入っていた小学生の彼女の姿と重なり胸が締め付けられた。


(ああ、あの時と同じだ。星空が瞳に映りキラキラしている)


「キレイだ……」


 思わず口にしてハッとする。

 俺は何を口走ってるんだ!?

 今更口を押えても、ホシコの耳には届いてしまった後だ。


(やっと友達に復帰できたと言うのに、ヘンなことを言って気持ち悪がられたらどうする!?)


 なにか言い訳って取り繕おうと頭を巡らすが、何も浮かばない。

 しかし、ホシコは気にしたそぶりを見せなかった。


「そうだね。今日は天気が良くて本当によかったね。また、大地君と星が見れてうれしいよ」


 どうやら、星空がキレイだと言う意味に理解してくれたようだ。

 俺はホッと胸をなでおろす。

 変なことを言わないように、気をつけよう。


 

 

「ねえ、大地君がなんでソロキャンをしてるのか、私が知らなかったみたいに、大地君も私がなんで星が好きなのか知らないよね?」

「そうだな。あの時は星のことなんて何も知らなかったのに、今日はプラネタ解説員みたいだったぞ」

「ふふっ。最高の誉め言葉ね」


 ホシコが、俺の方を見て笑った。


(ああ、ずっとその顔が見たかった……)


 俺は、ただただ今日の日の偶然の出会いに感謝した。

 天文部の部長さん、活動場所にこの高原を選んでくれてありがとう!




「私が星が好きになったのは、あの日、大地君と見上げた星空が忘れられなかったからなの」


 ホシコが、思い出すように夏の大三角を見上げた。


「あの時、すぐに日が暮れて辺りが暗くなって、怖くて、怖くて仕方なかった。

 このまま、誰も助けに来なかったらどうなっちゃうのかな? とか、クマやオオカミが出て来て食べられちゃったりしないかな? とかね。

 悪い方に悪い方に考えて、私、ずっと震えて泣いてたよね」


 そうだな。確かに最初はちょっと泣いてたな。

 俺だって口には出さなかったけど不安だったし、仕方ないだろう。

 お菓子をもぐついてからは、お互いちょっと落ち着いた感じだったように思う。


「あの時、大地くんが泣いてる私をなだめながら言ったんだよね。『星が見えるから大丈夫だ! 運がいい』って」


 そういえば、なんとかホシコを励まそうとそんなことを言った気もする。

 


「そういわれて、夜空を見上げたら金色の星がキラッと輝いて見えて、その後、満天の星空が目に飛び込んできたの。真っ暗闇の山中で怖くて仕方なかったのに、目の前がキラキラの星でいっぱいになったのを鮮明に覚えてる」


 俺も覚えてる。

 ホシコの目に星が映ってキラキラしていた。


「私は、あの日の星ほど綺麗な星は見たことがないと思ってるの。だから、ずっと、ずっと探してる。あの日見た星を」


 だから、ホシコは天文部に入ってこんなに星に詳しくなったのか?

 すごいな……。俺は感心した。


「でもね。今日、わかったことがある。今日見た星は、みんなあの日のように全部輝いてるの!」


 ホシコは少し頬を赤くして振り返った。

 何か訴えかけるような熱いまなざしで俺を見ているような気がするが……。

 気のせいだろう。

 折角、ただのクラスメイトから友達にまで昇格できたのに、これ以上を期待してすべて台無しにしてはまずい。

 俺は、邪念を払うため頭を振った。


「そ、そうか。冬の方がキレイだっていうけど、夏もキレイだよなっ!」


 俺は、ハハッと白々しく笑ってごまかした。

 平常心、平常心……。

 俺は断じて、ホシコによこしまな気持ちはないそ。

 

「え、ちょっと。

 ちがうの、そうじゃなくてっ!

 特別なの。今日の星空は特別なの!」


 ホシコは、なぜか目を潤ませて怒っている。

 俺、なんかまずいこと言ったか!?


「ご、ごめんっ! なんだっけ、なんとか流星群の日だっけ?? そうだよな。特別なんだよな。うんうん」


 おろおろとする俺をホシコは涙をためたジト目で睨んできたが、怒ってはいなそうだ。


「……謝らないでよ。八つ当たりした私が恥ずかしいでしょ」


「……」

「……」

 

 なんとなく、お互いすれ違ったことを言っているようでうまく言葉が出てこず、沈黙が流れた。

 その沈黙を破るように、パチッとたき火の薪が爆ぜた。


(何か言わないとっ!)


 会話が終わったら、ホシコは天文部のテントにもどってしまう。

 俺は、なんとかもう少しホシコを引き留めようと考えを巡らせる。


「なあ、腹減ってるんじゃないか?」

「お腹が空いてるから、私がぐずってると思ってるの……?」

「そうじゃなくて……。いや、そうなのか??」

「そんなわけないでしょ。もう鈍感なんだから……」


 会話がつながってホッとしたせいか、俺とホシコのお腹が同時『ぐー』と鳴った。

 

「ぷはっ! 一緒に飯食べようか?」

「大地くんが作ってくれるの?」

「たいしたものは作れないけど、腹の足しにはなるだろう」


 ランタンに明かりをつけると、急にとてもまぶしく感じた。

 目が暗さに慣れてしまっていたようだ。

 ホシコの顔が良く見え過ぎて、急に俺は恥ずかしくなって料理に集中した。

 そんな俺をホシコは期待の目で見つめている。


(くう~、あんまり見ないでくれ。恥ずかしいっ!)


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