第4話 その意味

 また今日も、僕は頭の数字のことを考えながら廊下を歩いていた。


 すると、教室の前で、こちらを見て元気に手を振ってかけてくる男の子がいた。

 マー君だ。

 そういえば、昨日は国語のテストで100点だったのに元気がなかった。例の数字は、クラスでもピカ一の数字でいいと思ったんだけど。



「せんせー、おはよーございまーす」


「おはよー。マーくん。どうしたんだい。教室に入っている約束じゃないかな?」


「でもね、でもね、早く先生に教えたくて、待ってたんです」


「何を教えてくれるのかな?」


「昨日ね、テストで100点取りましたよね」


「ああ、知ってるよ。」


「それでね、お母さんに見せたんです。そしたらね……」


「そしたら?」


「いつもは、『100点で、よかったね。』しか言わないのに、『ここの問題の意味がよくわかって、登場人物になりきって、セリフが書けたのね。』って、言ってくれたの。

 それにね、『ここの漢字がとっても上手だよ』って褒めてくれたの」


 

 あれ?そんなこと?……でも、いつもは言われてない?

 100点だって言われてもうれしくない?……点数じゃわからない?



「……そっか、よかったね。お母さんは、ちゃんと見てくれたんだね。あのテストは大事にしまっておくんだよ」


「うん、先生ありがとう!じゃ、先に教室へ行ってるよ」



 あんなに、喜んでいるのに、頭のうえの数字は変わらないんだ。

 変なの?……変?……おや?……何が変なんだ?



 僕は、教室の戸を開ける前に必ず立ち止まる癖がある。

 そんなに臆病ではないが、いつも考えてしまうんだ。

 子ども達は、どんな目で僕を見つめるのだろう。時にはまぶしく、時には冷たく、感じる時がある。


 でも、いつも何かを期待しているのは間違いない。

 それに答えることができているのか。


 ほんの短い時間ではあるが、頭をよぎる。


 左手には算数の教科書や資料。

 資料と言っても俗にいう赤刷りという指導書だ。答えや解答のポイント、目標、評価規準などが書かれている教師の虎の巻だ。


 それに、授業の中で使う問題プリント。これだけあれば、万全だ。

 戸は右手で開ける。

 横に滑らせるのだ。

 廊下は、いたって静かだ。

 今日は、教室の中も静かなようだ。


 まだ、さっきのマー君の笑顔が頭に残っている。

 昨日返したテストの話をどこかですべきだろうか?


 そんなことを考えながら、戸を開けた。


「おはようございます」


「「……「「「おはようございまーす」」」……」」


 いつものように元気な声が返ってきた。


「姿勢を良くしましょう!これから朝の会を始めます!」

 日直の号令で、学級朝の会が始まった。



(つづく)

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