領主の娘はひろい世界に憧れているようです 3

「やっぱ、化けただけじゃよくわからんな……」


 俺は定宿の部屋で、ユータロウの決闘相手のモンターヴォに化けていた。


 変身することで、この男がどういう力を持っているのかを知りたかったのだ。

 

 今回の俺の作戦においてモンターヴォは重要な駒となる。

 絶対に、その全容を把握しておかなくてはならない。


 ――しかし俺の『ミラー』は、化けた相手の全てを知れるほど万能ではない。

 

 化ければなんとなくどういう奴なのかはわかるし、体にしみついた動作もトレースできる――しかし記憶や思考までは完コピできない。


 保有しているスキルや魔法も、本人の能力を詳しく知って初めてトレースできるようになるのだ。


「剣士なのはたしかだよな」

 

 モンターヴォは腰に帯剣しているし、手のひらにも剣士特有のまめがある。


 だが、剣士として特別優れているような感じはない。

 おそらく、大したスキルは持っていないだろう。


 ……これでユータロウと戦うとかバカなのだろうか?


「どうしたんですかモトキさん、うんうん唸って。お腹でも痛いんですか? 腹の中が黒いんですか?」

 今日も元気に俺に嫌味を浴びせるリュー。


「……腹黒は否定しないが――なあリュー、このモンターヴォって男、どういう奴だと思う? 印象論でいいんだ」


「うーん、異能バトルものの1巻ラストに出てくるわかりやすい悪役感ありますね。前振りしまくったあげくに負けて、3巻あたりで再登場してネタキャラ扱いされそうです」


「たしかに、最終的にネタキャラになりそうな空気はあるな」


「まあ、ネタキャラっぷりならわたしも負けちゃいませんけどね。最近その役割に誇りを感じ始めてる自分がいます。モトキさんの物語を盛り上げるリューちゃんのご活躍に今後も熱い注目プリーズ!」


「なにげに雛壇ひなだん芸人根性すごいよな、お前」


「熱湯風呂でも飛び込む覚悟があります」


「いや、そこまでは求めていない……」


 話がそれたが、今はモンターヴォについてだ。


 最終的にネタキャラになるとしても、ユータロウの『敵対者』として選定されたからには、それなりの能力があるはずだ。


 ユータロウにそこそこ対抗できるようなユニークスキルでも持っているのだろう。


 ユータロウはマジックタイプのチート持ち。

 そんなユータロウに対抗するには――。


「――対魔法能力か」


 モンターヴォはおそらく、なんらかの魔法耐性を持っているのだろう。


「お、なにか思いつきましたか。うんうん、よく頑張りました。ではねぎらってあげましょう。さあ、本妻のお胸に飛び込んでくるがいいですよ!」

 チェニックの胸元をずりさげ、プルンッとした双丘を露出するリュー。

 

 最近危機感を抱いているのか、俺を積極的に誘惑してくる。


 ツンと上向く乳は魅惑的ではあったが――。


「そうだな、じゃあちょっとルビィの胸に飛び込んでくる」


「ここでまさかのセカンドォォォォォ……!! おっぱいですか! おっぱいの差なんですか!! たしかに受け止めてくれるおっぱいはおっきいに越したことはないかも知れませんが! おっぱいはエアバックじゃないんです……!」


 リューが悔しげに床をどんどん叩いているうちに、俺は宿から逃走した。


**


「いらっしゃいま……あ、モトキくん!」


 魔導書グリモア屋の扉を開けると、店番中のルビィが嬉しそうに俺を迎えてくれた。


「ちょうど新作小説できたところだったんだ……モトキくん、エッチする前に読んでくれる?」


「いや今日はエッチしにきたわけじゃ……あ、小説できたのか。どういう内容になった?」


「付き合ってる男の子が他の女の子たちともエッチしてるのに気づいた主人公が、男の子をグサッってやっちゃう話だよ……」


「そうか……おもしろそうだな……。どうしてルビィがそういう小説を書こうと思ったのか、その理由は皆目見当もつかないが……――ところでルビィ、ちょっと頼みたいことがあるんだが」


「またお店でエッチ……? どうしてモトキくんは夜まで待てないの……?」


「いやだからエッチじゃなくて……。――ルビィ、今から俺を魔法で軽く攻撃して欲しいんだ」


 俺は『ミラー』でモンターヴォの姿に化けた。


 モンターヴォの状態で魔法攻撃を受けることで、やつの魔法耐性がいかなるものかを知りたかったのである。


「わかった……モトキくんを魔法で攻撃すればいいんだね。ちょっと待ってて」


 ルビィはそう言うと、店の床にせっせと魔法陣を描きだした。


 陣に手をあて、呪文を唱えはじめる。


「おい、待てルビィ。そういうマジなのじゃなくていいから、軽く、軽く……」

 

 しかしルビィの耳には俺の声は届いてないようだった。

 呪文の合間に、ぶつぶつとなにやら呟いている。


「……最近モトキくん全然会いに来てくれないし、小説も読んでくれない……ミリアちゃんとエッチしたのだってわたし知ってるんだから……! 火傷しちゃえ……!」


「…………ッ!!」


 俺への恨みをこめてルビィが発動したのは『煉獄業火』


 紅い炎がモンターヴォに化けている俺の体を包む。


 まともにくらっていたら大火傷は免れなかっただろう。


 しかし――。


「えっ……!?」

 ルビィは目を見開いた。


 炎が、俺の体に触れた瞬間に霧散むさんしたのだ。


「すげえな、モンターヴォ。魔法無効化能力を持ってるのか」


 ならば、マジックタイプのチート持ちであるユータロウにとって、モンターヴォは鬼門みたいなもんだろう。

 相性が最悪だ。



 おそらく、女神の描いた筋書きはこうだ。


 キリシャをかけてモンターヴォとの決闘に挑んだユータロウ。

 

 ユータロウは魔法攻撃でモンターヴォを圧倒しようとする――しかし。


 モンターヴォには魔法が一切きかない。


 魔法攻撃が通用しないので、ユータロウは慣れない剣での闘いを強いられる。


 苦戦するユータロウ。彼はじょじょにおいつめられていく。

 

 しかし敗北寸前のユータロウは都合よく覚醒する。


 キリシャの願い、仲間の想い、そして観客たちの応援――それらがユータロウを真なる力に目覚めさせるのだ。


 そうして闘いに勝利したユータロウ。


 貴族の娘キリシャを手に入れることで資金を手にしたユータロウは、ついにここ『クーラ』から旅立つことになる――。


「まあ、こてこてのやっすい話だこと……」


 ちなみに豆知識だが、ユータロウの物語におけるモンターヴォのような、最初の強敵を『ゲートキーパー』という。


『ゲートキーパー』を打倒することにって、主人公はひろい世界に旅立つことが可能になる。


 つまり、もしユータロウがモンターヴォに勝ってしまうと――ユータロウは遠いところに行ってしまう。


 逃げられてしまう、殺せなくなってしまう。


「まあ、させないけどな」

 俺はにやりと口端を上げた。


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