領主の娘はひろい世界に憧れているようです 1

「帰ったぞリュー。……え、なにしてんのお前?」


 ミリア攻略を終え、久方ぶりに定宿の部屋に戻ると――リューが妙なことをしていた。


 リューは砥石を使い、愛用のナイフをいでいた。


「おっ。お帰りなさいモトキさん! ちょーどいいところに帰ってきましたね。ちょっとナイフの切れ味を試させて下さい。大丈夫です、ちょっとグサッてしますけど怖くないですよー。恐怖を感じる前に死んじゃいますからね~」


「な、おいっ……やめッ……!」


 リューの素早い低空タックルに、俺は反応することができなかった。

 足をとられ、俺は仰向けに転倒した。


「おやおや、わたしの手にかかれば天下無双の転生者様も形無しですねえ、やっぱりわたしってば天才ですねえ。ええ、わたしはなんでも持っていますからね。……男を見る目以外は」

 

 俺の腹の上にデンッと座り、頸動脈のあたりに研いだばかりのナイフを当ててくるリュー。


 ひんやりとした刃物の感触……。


「まてっ……! なんだいきなり! 俺がいったいなにをした!」

 いや、いろいろやってるけど。


「わたしが怒る理由、本当にわかりませんか? 自分のお胸に聞いてみたらいいですよ。女のおっぱいばっかりもんでないで、たまには自分の胸でも触ってみたらいいんです、モトキさんは」


「…………」

 心当たりがありすぎた。


 いやでも、ミリアとするのはリューだって了承していたはずだ。


 いいですか、とリューは言う。

「わたしはですね、本妻としてたしかにあなたにサードをつくることを許可しました。ええ、それに関しては怒っていません。本妻ってのは鷹揚なものですから」


 ただし、とリューは続ける。


四人目フォースまでは許可した覚えないんですよねぇ、わたし。ミリアさんとラーニャさん、計4つのおっぱいはさぞかし魅力的だったんでしょうねえ……? ねえ、おっぱい銀河皇帝さま?」


 ……ラーニャとやったのまでばれていた。


 なんで女ってこういうのわかるんだろう。

 怖い。


「……いやでも、あの場合は流れだから仕方ないだろ」


「うっさいってんですよ! あなたは本妻に対しての報告の義務を怠りました! ――というわけで死刑です」


「落ち着いて下さいリューさん……」

 思わず敬語になってしまった。


「まあヤリ○ン男にも五分ごぶの魂と言いますし、少しくらいは慈悲をかけてあげないこともないですよ。切られるとこくらいは選ばせてあげます。頸動脈、上腕動脈、鎖骨下動脈のうちから好きな場所を選んで下さい」


「動脈に関する知識豊富過ぎるだろ……あと、それ全部切られたら死ぬ場所だから」


「ええ、だから死ねってんですよ」


 いかん、今回ばかりは本気で怒ってやがる。

 

『ミラー』を使えば逃げられないこともないのだが、この女はどこまでも追いかけてくるだろう。


 ……仕方ない、あれを出すか。


「リュー、俺のポケットに手を入れてみろ」


「? この後に及んで特殊プレイの要求ですか? こりない男ですね」


「違うって……いいから、手入れてみろ」


 リューは眉をひそめながらも、俺のポケットに手を入れた。

 

 そして、そこに入っていたものを取り出した。

 

 ――手のひらサイズの小箱。


「こ、これは……!」

 リューはおそるおそるといった様子で箱を空ける。


「約束の指輪だ」


「まじですか!? モトキさんのことですからぜっってぇ反故ほごにすると思ってたんですが! 誤算! 嬉しい誤算です!」


 ベッドにタイブし、うっひゃー! と足をパタパタするリュー。


 中指用の指輪を無理矢理左手の薬指にはめ、うっとりと目を細めている。

 

 そういう仕草してると普通にかわいいんだよな、こいつ。

 

「……許していただけますでしょうか」


「も~仕方ないですねえ。言っときますけど許したわけじゃないですよ。わたしは物で感情を変えるような安い女じゃ……ああ、このサファイヤ綺麗ですねえ……」


 よかった、めっちゃ許してくれてる。


 俺は立ち上がり、服のほこりをはらった。


「ところでリュー、ちょっと外に出るぞ。着替えろ」


「んあ? お外でするんです? もーモトキさんてば仕方ないですねえ、仲直りしたら早速なんですから!」


「ちげえよ。普通に外出」


「え、モトキさんがエッチ以外の理由で外出することなんてあるんですか?」


「あるわ!」


**


 俺はリューと連れだって『クーラ』の繁華街へと向かった。


 そして、ある酒場に入った。


 いつもの安い酒場じゃない、ドレスコードのあるような高級店だ。


 店内は広々しており、吟遊詩人の歌と奏者のハーブが素敵空間を演出している。


 俺とリューはテーブル席に向かい合って座る。


「うーん、ムードは悪くないんですが、わたしはもっとこう、ジョッキでビールがぶ飲みできるようなお店が好きなんですよね」


「そういうとこは今度つれてくから――ところでリュー、これ読んでみろ」


 俺はリューに一枚のビラを手渡した。

 

 そのビラにはこんなことが書かれている。


『領主の娘キリシャをかけた闘い!


 ユータロウVSモンターヴォ


 近日開催!』



「なんですか、これ?」

 首を傾げるリュー。


「見ての通りだ。近々開催される興業のお知らせだよ。ユータロウがモンターヴォって男と、クーラ辺境伯の娘をかけて戦うんだとさ」


 噂によると、顛末てんまつはこうだ。


 クーラ辺境伯は自身の娘キリシャを、モンターヴォという貴族の一人息子と結婚させようとしていたらしい。

 政略結婚ってやつだ。


 しかし当のキリシャとしては、そんな結婚はまっぴらごめん。

 いやだと激しく抵抗したが――しかし強引に婚姻話を進められてしまった。


 そこに待ったをかけたのが、偶然キリシャと知り合った転生者ユータロウ。


 ユータロウはキリシャの父とモンターヴォの会談場所に乗り込んだ。


 そして、モンターヴォに決闘を申し込んだ。


『俺とキリシャをかけて決闘しろ! 俺が勝ったらキリシャは自由だぜ!』


 モンターヴォはその申し込みを受けた。

 有名な転生者ユータロウを人前で打ち倒すことで、名をあげようと思ったのだろう。


「え? ちょっと待って下さい、だからどうしていきなり決闘って話になるんです? 論理わかりません」


「仕方ないんだ、中二ぐらいの子ってすぐ決闘したがるんだ。そこをつっこんでやるな」

 思わずユータロウの味方についてしまった。


 中二は笑わん、来た道だ。


「ふーむ……んでモトキさん、ユータロウさんと戦うというそのモンターヴォってのはどういう男なんですか?」


「ああいう男だよ」

 俺は親指で後方のVIP席を指さした。


 そこには、足を組んでソファーに座り、左右に女をはべらせている男が一人。


 フレームレスのメガネをかけた、『嫌味なエリート』って感じの男だ――彼がモンターヴォである。


「ねえねえモンターヴォさま、こんなところでお酒飲んでてもいいんですかぁ? もうすぐユータロウって人と戦うんでしょー? トレーニングしないの?」

 取り巻きの女が、モンターヴォに聞く。


「トレーニングですって? 高貴にしてスーパーエリートのこの僕にそぉんなものは必要ありませんとも。転生者だろうと僕にはかないません。高性能な僕の頭脳が導き出した筋書きがくることなどないのですから。みなさんには最高のショーをお見せすることを約束しましょう!」


 メガネをクイッとやったり、ろくろを回すような仕草をしたり、せわしない男である。


「やばいですモトキさん、あの男小者感が半端ないです。この距離でもわかるレベルの圧倒的小者です。セリフが全部前振りにしか聞こえません」


「な、すげえだろ。あれでユータロウと戦うつもりなんだぜ」


 俺は横目でモンターヴォを観察する。

 

 とるに足らない、わかりやすい悪役ではあるが――


 俺のキリシャ攻略作戦には、あいつは欠かせないのだ。


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