神官ミリアは神の言うことしか聞きません 13

「さ、急いで子羊さん! 早くしないとユータロウさんに見つかってしまう!」


 ミリアは子供に化けている俺の手を引き、『クーラ』を飛び出した。


 慌てた様子の神官が珍しいのか、街の城門を守る衛兵たちは目を丸くしていた。


「お姉さん、どこ行くの……?」

 俺は聞いた。


 しかしミリアには俺の声は届いていないようだった。


 一人でぶつぶつと呟くミリア。


「どうしましょう、『セフォル』にでも行く……? いいえだめ……ユータロウさんなら簡単に私たちを見つけだす……近場ではダメ……そうだわ、ならいっそ大陸に……!」

 ミリアは方針を固めたようだった。

「子羊さん、南の船着き場に行きましょう! 私たち大陸に渡るのよ!」


「た、大陸に……? 大陸に行ってどうするの? 知り合いでもいるの……?」


「いいえ、いないわ。でも大丈夫、心配しなくていいの。私が必死に働いてあなたを守ってあげますからね。私と一緒に新生活をはじめましょう!」


「…………」


 ……ノープランすぎる。


 あと、社会を甘く見すぎである。


 世間知らずの女が、子供をかかえて見知らぬ土地で新たなスタート――そんなん地球でだって無理だ。


 まあでも、社会性に乏しいのは仕方がないだろう。

 彼女は生まれてからずっと、教会に引きこもって俗世から離れていたのだから。


 俺はとりあえずミリアの好きにさせることにした。一応俺のプランからは外れてないし。


「お姉さんと一緒なら僕はどこだっていいんだけど、いいの? お姉さんせっかく街の人と仲良くなったところなのに」


「たしかにちょっと寂しいけれど……でもいいの。みなが一緒に笑ってくれたあの幸福な思い出は、私の胸の中にちゃんとおさめられているから」


**


 ミリアは整備された道を歩くのではなく、最短距離で島の南へと向かうことにしたようだった。


 最短といっても、徒歩だと一週間とかかかるのだが。


 草に足をとられぬように気をつけながら、俺たちは荒れた草原を行く。

 

「お姉さん、大丈夫? 死にそうな顔してるよ?」


「あらあら子羊さんたら心配性なのだから……大丈夫よ、私はこう見えても強いのよ!」

 目の下にくまをつくって笑顔を浮かべるミリア。


 一日歩いただけでこれである。


 普段から布教などで体を鍛えているミリアであるが、それでも長距離を歩くのはきついものだ。


 あと、時間がなかったとはいえ、準備もちゃんと整っていない。


 水も食料も少ししかないし、靴も服も歩くのに適したものではない。


 旅なめんな、と言いたくなる。


 靴ずれと股ずれの恐ろしさを知らないのか……。


 西の果てに目をやると、夕陽はすでに半分落ちかけていた。


 風が吹き、草がざぁぁ……と寂しい音を奏でる


「お姉さん、暗くなってきたし、今日はもう休もう?」


「そうね……いくら相手がユータロウさんでも、これだけ離れればすぐに見つかるってことはないはずよね……」


 ミリアは大樹の根に座り、頭部を幹に預けた。


 不安で仕方がないのだろう、俺をお気に入りのぬいぐるみみたいに抱きしめてくる。


「お姉さんに抱いてもらってると、すごく安心するよ」


「あらあら、子羊さんは本当に甘えん坊さんなのだから――やぁんッ! ……もう、そこ噛んじゃだめでしょう? おしゃぶりじゃないのだから……」


 無邪気なショタを装い、大人のお姉さんにエロいことをする――俺は今、全世界の男子の夢を実現していた。

 ……ああ、『ミラー』持っててよかった。


 普段も巨漢のオークに化けてリュー襲ったり、けっこう色々楽しんでる俺であった。


 このへん、どっかに泉とかないだろうか。

 ぜひお風呂イベントも楽しみたいのだが――と。


「……ん?」

 俺は気配に気がついた。


 二人、だろうか。


 草原の向こう側から、男が二人近づいてくる。


 身なりはいかにもって感じである。


 間違いなく野党だろう。


 まあ、そりゃあくるよなあ。

 

 人気のないところを歩く美しい女神官、一緒にいるのはただのガキ。

 そんなおいしい獲物を見つけて何もしないのなら、それはもう野党ではなく善良な一般人だ。


 ミリアも野党に気付いたようで、ハッと身を固くした。


「子羊さん、お逃げなさい……! さあ行って! 私が時間を稼ぐから!」

 ミリアはこんな時でも俺をかばおうとする。


 しかし、ここは俺がかっこいいところを見せるシーンだ。

 

「お姉さん、大丈夫大丈夫。慌てないで」


 混じり子とはいえ、俺が化けているトロルの王子。

 弱いわけない。


 俺は呪言を唱え――割合を変える。 


「…………ッ」


 肌がうっすら緑に色づいていく。

 トロルの血の方を優勢にしたのだ。


 俺がこのところずっと化けているのは、トロルの王子――ト・グード


 俺がオークの女王ルナの居城に滞在している時、彼もトロルからの人質として居城にいた。


 グードは混ざり子である自分を恥じて心を閉ざしていたが――俺にだけはよくなついてくれた。

 おそらく、シンパシーを感じていたのだろう。


 ヒューマンでもトロルでもあるグード、何者にもなれる俺。

 あり方が揺らいでいるという点で、似たもの同士だったのだ、俺らは。


 よく一緒に遊んだので、グードの体の使い方は把握している。


「さて……」


 俺はトロルの使える唯一の魔法――『身体強化』を使用する。

 五体や五感を強化する魔法だ。


 俺は脚を強化し――野党どもに向かってかけた。


「あぁっ……!?」

 瞠目する野党。


 フェイントを入れて飛びかかり、ハイキックを野党のこめかみにたたき込む。


 『ミラー』は戦闘力まで完全に模倣できるわけではないが、この程度の小者ならわけない。


 もう一人の野党はローキックで体制を崩してからミドルキックを腹に入れて悶絶させた。


「弱いなあ」

 戦闘終了。


「子羊さん……!」

 俺の方にかけてくるミリア。


「お姉さん、……今ちょっと僕、トロルっぽくなってるから見ないでほしいな……醜いでしょう?」


 俺は顔をそらそうとするが、ミリアはそれを許さなかった。

 俺の顔を両手で包み、愛おしそうに見つめてくる。


「あなたのどこが醜いものですか……そんなことを言う人がいたら私が許さないわ……!」


「本当?」


「ええ、本当よ。あなたはとっても美しいわ」

 にっこり笑うミリア。 


 俺は感激の表情をつくる。

「ありがとうお姉さん、僕の存在を認めてくれて。――これからは僕がお姉さんのことを守るよ!」


 キリッと表情を整え、ミリアの手を握る。


「あらあら子羊さんたら……男の子の顔になって……」

 ミリアの頬がポッと染まる。


 まんざらでもない感じだ。めすの顔である。

 

 ――ふむ……


 俺はミリアの表情を見て、自分の仮説の正しさを確信した。


**


 前々から不思議だった。

 地球からきた転生者に次々供給されるハーレム要員の女の子たち――彼女たちはかわいいのに、みな一様に処女だ。


 男の気配すらない。

 他の男に恋心を抱いたことすらないという。


 おかしい。

 美しい年頃の女がみんな、そんなに枯れてるわけがない。


 おそらくだが、彼女たちは女神の差配によって、他の男に肉欲や恋心を抱けないように処置が施されているのではなかろうか? 


 処女厨の転生者が喜ぶように、女神は女の子をそのように改変したのだ。


 だからどんなイケメンを目にしようと、ハーレム要員の女は女神が決めた男にしかなびかない。

 

『男』に欲情できないようにされた女の子たち――だから俺はルビィを攻略する際、シュカラーヤという男らしい女に化けた。


 ユータロウ以外の『男』に恋心を抱けないようにつくられたルビィ。

 だがかっこいい女が相手ならどうだ? と。


 結果、俺は寝取りに成功した。

 女神がルビィの心にかけたロックをすり抜けた。

 女が相手ならルビィは普通に欲情できたのだ。


 そしてミリアに対しては、俺はショタとして接近することにした。

 まだ『男』として成立する前の男児ならどうか――OKのようだ。


 ミリアはショタの俺に対して欲情している。


 ユータロウという、唯一欲情していい『男』に失望したミリア。

 行き場を失い、たまりにたまった人としての肉欲は、ずっとそばにいたショタにむかいつつある。


 ミリアがショタコンになったのを確認できなかった場合は、ラーニャにでも化けてまた百合寝取りをするつもりだったのだが――その必要ないようだ。


「ふむ……」


 抑圧は特殊性癖を生みだす。


 欲の排出口をふさぐと、別のところに穴があく。


 女神も罪深いことをするものだ。


 ――まあなんにせよ、確認終了。


「お姉さん、僕らがこのまま無事に船着き場にたどり着くのは無理だと思うよ。いったん『クーラ』に戻ろう?」


「で、でも、あそこにはあなたを殺そうとするユータロウさんが……!」


「大丈夫、僕に考えがあるんだ」


 ――さて、そろそろ疲れてきたので、いよいよミリアをいただくとしよう。


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