魔導書屋の少女は英雄との恋に憧れているようです 11

「ルビィさん、大丈夫かい? 休もうか?」


「い、いえ……大丈夫、です……」


『クーラ』の街を出てから2日目、俺とルビィはひたすら歩き続けていた。

 ルビィの祖父を良くする薬を求め、ただひたすら隣町『セフォル』を目指す。


 道はしっかりならされているのだが、それでも歩き続けるのはきついもの。


 姿を借りてる女エルフの体が丈夫なので俺は全然平気なのだが、普段運動していないルビィはかなり辛そうだ。


 疲労、筋肉痛。

 そして歩き続ける上で一番気をつけなくてはいけないのは、靴擦れと股ずれである。


「お、いいところに木がある。ルビィさん、木陰こかげでちょっと休もうか」


「は、はいぃ……」


 しおしおと崩れ落ちるように木の根に座るルビィ。


「さ、ルビィさん、軟膏を塗りなおそう」


「お願い……します……」


 俺はルビィの靴を脱がせ、血のにじんだかかとに薬を塗りこんでいく。


「じゃあ、股にも塗ろうか。ほら、誰も見てないからズボンを脱いで」


「あ、あの……股は自分で塗れま、……きゃっ!」


 微妙に抵抗するルビィのズボンをさっと脱がせてやった。


 下半身がパンツ一枚になったルビィは観念したように脚をひろげる。


 平静を装いながら俺はルビィの太ももの内側に手を差し込み、軟膏を塗りたくっていく。


「や……シュカさん、くすぐったい……です……」


「我慢我慢」


 その言葉は半ば自分に向けて言っていた。

 もう少しだ、もう少しだけ我慢しろ俺。


 もう少し我慢すれば、ルビィは俺のものになる。


**


 あくる日も、またあくる日も俺たちは歩き続けた。


 途中雨に降られたりもしたが、夜盗に襲われたりすることはなく、おおむね平和な旅路である。


 歩き続けるうち、ルビィの顔つきはだんだんと変わってきた。

 今まではいかにもほあほあしていたのに、今ではしっかり前を向いている。


 旅は人を変えるのだ。


**


 そして5日目。


「なあルビィさん、一つ提案があるんだ。どうだろう、ここらで少しショートカットしてみないか?」


「ショート……カット?」


「ああ」

 俺は地図をひろげる。

「そこの森をまっすぐ突き抜ければ、歩きにくさを考慮に入れたとしても往復で三日は時間を短縮できる。おじいさんに早く薬を届けられるよ」


「い、行きます!」

 ルビィは力強く即答した。


「よし、いい返事だ」


 俺はルビィと共に、『リュリュカの森』へと入った。


 背の高い木々が生い茂る森。


 足元では草が絡まり合い、ところどころに木の根がぼこっと浮き出ている。


 ルビィが転ばないか心配だったが、五日も歩き続けているだけあって、歩くのには慣れたようだ。

 足取りは、しっかりしていた。


**


「わぁ……泉です……!」


 ちょうど夜にさしかかる頃、俺たちは森の中間地点である泉へとたどり着いた。


 水面みなもにうつる満月はゆらゆら揺らめいており、その様は、手招きしてくる娼婦のように蠱惑こわく的だ。


「シュカさん……わたし、水浴び、したいです!」


「ああ、いいね」


 二人そろって服を脱ぐ。


 ルビィもすっかりたくましくなり、女同士ではいちいち照れたりしなくなった。

 まあ、俺は男なのだが。


 上着を頭から抜く時にブルンッと爆乳を派手に震わせるルビィ……我慢だ、我慢しろ俺。


 風呂にでもつかるように、澄んだ水の中に入る。


 ルビィのスイカのようなそれはぷかっと水に浮いていた。


 俺の化けてる女エルフのシュカもいい体はしているのだが、いかんせんルビィと比べられると……。


 いや、負けた気になってどうする。


「えーい!」


「うぶっ……!?」


 突然ルビィに水をかけられた。

 ずいぶんとなつかれたものだ。


「はは、やってくれるじゃないか。お返しだ!」


「きゃっ……!」


 水をかけあいながら、水中で追いかけっこをする俺ら。


「ほらつかまえたぞ!」

 後ろから胸のあたりに手を回す。……しかしすごいな、この胸は。



 そうして遊び終わって疲れた俺らは、二人で満点の夜空を眺めた。


 あの星のどれかに、俺が元いた世界もあるのだろうか――などと、若干センチメタルな気分になってしまった。


「シュカさん」

 不意に、ルビィが俺を呼ぶ。


「ん?」


「わたし……シュカさんに出会えてよかったです。もしもあなたがいてくれなかったらわたし……おじいちゃんが倒れた時、なにも、できなくなってました……」


「うん? いやいやボクは何もしていないよ。君の中に頑張れるだけの力が眠っていたから頑張れたのさ。――それにもしボクが助けなくても、例のユータロウって子が君を助けてくれただろう?」


「……ユータロウさんは、たしかにわたしを助けてくれたと思います。あの人は、必ずわたしを助けてくれます……」

 でも、とルビィは続ける。

「今思うとわたし……ユータロウさんに助けられてるときの自分は、好きじゃありませんでした。わたしは何もしてないのに、状況だけ良くなって、わたしは本質的に、なにも変わってないのに……」


「そうか。今はどう? 君は自分のことを好き?」


「……好きに、なれそうな予感があります」


「そうか、それはよかった」


 俺は水中でルビィを抱きしめた。


 互いの胸を押し付け合うように、ぎゅっと。


「自分のことが好きになれた時、君はきっと最高の小説が書けるさ」


**


 泉のほとりでルビィはぐっすりと眠りについた。


 よほど疲れていたのだろう。寝息すらたてず、死んだように寝ている。


 俺はそんなルビィを起こさないよう、そっと起き上がった。


 泉のそばの大樹の裏側へ回り込む。


「またせたな、リュー」

 そこには数日前におつかいを頼んでおいたリューの姿があった。


 地図をもたせここで待ち合わせていたのだ。


「ったくおっそいですよもー! 人にまちぼーけ喰らわせときながら自分は爆乳娘のおっぱい揉みしだいていい身分ですねー。大臣さまですかそれとも王様気分ですかあー」

 今日も流れるように不平不満を垂れ流すリューであった。


 ルビィと一緒にいるのも悪くないが、やはりこいつのこれを聞くと落ち着く。


 リューは一人ではなかった。

 もう一人、オークを連れていた。

 

 見た目エルフのリューとは違い、典型的な醜い姿をしているオーク。


「モトキさま……でいらっしゃいますよね? ルナ女王のお客人の。お初にお目にかかります、私はディーラという一兵卒でございます」

 俺の足元に膝まずくオーク。


 彼は、三年前の『クーラ』襲撃に加わった一員である。


 リューに頼み、近場のオークの砦から連れてきてもらったのだ。

 誰でもいいから『クーラ』襲撃に加わった兵士を連れてここで待っていてくれ、と。


「それでカ・リュー様、モトキさま、私はいったい何をすれば……いえ、なんでもさせていただきますが」

 オークのディーラはかしこまった様子で聞いてくる。


「ああ、ちょっとした小芝居を頼みたいんだ」

 俺はそう言って、ポケットから小瓶を取り出した。


 その中に入っていた血糊を、自分の体に塗りたくる。


「リューは先に『クーラ』に戻っててくれ。――それじゃあディーラ、俺を襲ってくれ。襟をつかんで持ち上げて、今にも殺そうとしてる感じを装え」


「は、はぁ……」


 戸惑いながらも、ディーラは言われた通りに俺の体を持ち上げる。


 血糊にまみれ、しかもオークに襟を持たれた俺は、いかにも襲われているように見えるだろう。


 そして俺は――。


「ぐぁぁぁぁあ……!!」


 絶叫を張り上げた。



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