魔導書屋の少女は英雄との恋に憧れているようです 9
外に出るようになってから、ルビィの小説の質はかなり向上した。
リアリティーが増し、文章や展開のテンポもよくなった。
しかし――。
「んー。なんか違うんですよねぇ、前作にはもっとこう、燃え上がるパトス的なあれがあったんですが、これにはどーもあれなんですよね、ええ、あれです」
リューは腕を組んで首を傾げる。
「あれあれ言われても困るが、まあ言いたいことは伝わってくる」
俺は頷く。
ルビィの小説には熱が欠けている。
その原因はおそらく、作中の主人公の性格にあるだろう。
作中の主人公は、ルビィによく似た女の子だ。
この子は作者に似て、非常に受け身なのだ。
自分から動こうとしない。
悲劇も喜びも、すべてをただ受け入れてしまう。
主人公にテコ入れしないことには、小説の質が改善されることはないだろう。
「いやー続編がおもしろくなるかどうかはモトキさんの腕にかかってますねえ。責任重大ですねえ。おもしろくならなかったら張ったおしますよごらぁ!」
「お前もう、やばいレベルのファンだな……」
しかしたしかに、この問題をどうにかしなくてはならない。
ルビィが一個の作家として一人立ちしないことには、俺の計画は成就しない。
**
「なあルビィさん、一つ教えて欲しいんだが、どうして君の作品の主人公は自ら動こうとしないのかな?」
俺は女エルフのシュカに化け、ルビィの部屋を訪れていた。
「…………」
椅子に座ったルビィは俺の質問に押し黙り、うつむく。
いや別に責めてるわけじゃないのだが。
「これはボクの予想なんだが、作者である君自身が、能動的に動くことを恐れているんじゃないかな。そんな君の性質が、作中の主人公にも反映されているんだ」
「……」
ルビィはなおも押し黙る。
「なあ、君はなにか積極的に動くことにトラウマでも持っているんじゃないか? よかったらそれをボクに教えてくれないだろうか。力になりたいんだ」
「…………わた、し……」
そうして、ルビィは語りだす。
自分がいかにして、今のような、自分からは動けない人間になったのかを。
**
幼い頃からルビィは本を読むのが好きな子だった。
外に出るより本の中の空想世界を旅する方がずっと楽しかった。
だが、ルビィは決して内向的な子というわけではなかった。
好奇心は人一倍強かったし、活発な子供だった。
外に楽しいことを見つけた時は、それをひたすら追い求め、夜遅くまで遊びほうけた。
だが――。
今から三年前のある日、全ては一変した。
その日、ルビィは両親と一緒に食事に出かけていた。
おいしい食事を食べ、満腹感を抱きながら楽しく帰路を歩んでいると――突如としてオークの群れが街に侵入してきた。
ヒューマンの街『クーラ』が、オークの軍勢によって襲撃を受けたのだ。
城壁のところどころにはしごをかけたオークたちは、街の中に入り込み、殺戮や略奪を繰り返した。
両親とルビィはとっさに路地へと隠れ、息をひそめた。
運よく、三人はオークには気づかれなかった。
このままやりすごせそうだった。
その時、路地から大通りを見つめていたルビィはふと気付いた。
友達の親子がオークに追い回されていた。
――助けなきゃ!
ルビィは正義感に背を押され、飛び出していた。
これで友達を助けなきゃ、そう考えていた。
だが、子供が飛び出したところでなにができるわけでもない。
友達親子は殺され、ルビィの両親も娘をかばって殺された。
ルビィも殺されるところだっが、間一髪のところで街の自警団に助けられた。
両親の亡骸を前に、ルビィは思ったという。
――わたしが、なにもしなければ
そうしてルビィはその後、自分から積極的になにかをするのをやめてしまった。
外出もせず、しゃべることすらせず、ただ祖父の指示通りに仕事をするようになった。
**
「でも……そんな風に、死体みたいになっていたわたしを、ユータロウさんは……助けて、くれたんです」
ルビィは幸福な思い出を語るように笑う。
「なるほどね、よくわかった。すべての原因はそこにあるようだね」
なにもできなくなっていたルビィを、ユータロウという転生者は無条件に助けてしまった。
両親のかたきのオークを殺し、ルビィを再びしゃべれるようにした。
なにもしなくても助けてもらえたルビィは、きっとこう思っただろう。
――やっぱり、わたしがなにもしない方が、全部うまくいくんだ
ユータロウは、間違えたのだ。
助けというのは一方的に与えてはいけない。
本人に頑張らせなくてはだめなのだ。
そうしないと、助けを待つことしかできないお人形が完成してしまう。
「なるほどねえ……」
だが、これで道が見えてきた。
ルビィをユータロウの物語から解放するまでの道筋が。
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