第10話 心配とその後

 そうして屋敷に帰った二人は、後から合流したシグルドに怒られる。


「エリック殿達が助けてくれて何もなかったからよかったものの……!」


 珍しく声を荒げられるが、その直後二人はシグルドに抱きしめられる。


 いつもと違い、力任せではない。


 穏やかな温もりに余計心が締め付けられる。


「心配をかけてごめんなさい……」


 二人はぽろぽろと涙を流して謝った。


 どれ程心配をかけたのか、今更ながら実感したのだ。


「まぁまぁ。二人共反省したようだし、それにレナン達のおかげで妖精をおびき出せたわけでしょ? 無事だったのだし、そこまで叱らなくてもいいじゃない」


 リリュシーヌが明るめの声を出してシグルドを宥め、娘達を撫でる。


「行動は決して褒められるものではないけど、結果としていい事をしてきたのだから。凄い凄い」


 リリュシーヌの無責任な発言に、シグルドは眉間に皺を寄せる。


「母親であるお前がそうだからレナンもミューズも無茶をしたのではないか?」


「あらやだ。そんな私の親はあなたですよ、お父様」


「リリュシーヌもお義父様も落ち着いて下さい」


 くすっと微笑むリリュシーヌと益々眉間に皺を深く刻むシグルドの間に、ディエスが仲裁に入る。


「レナンもミューズも疲れただろう、今度こそゆっくりとお休み。けれどもうこんな無茶な事はしてはいけないよ」


 優しく父親に言われた二人は、そのまま大人しく部屋に戻る。


 さすがにもう限界であった。


 疲労が一気に押し寄せ、着替えもそこそこに二人は共に眠りにつく。


 色々な事があった為に、体も気持ちもぐったりとしていたから、意識を手放すのが早かったのだろう。


 二人はそのまま翌日の昼過ぎまで眠り続けてしまった。



 ◇◇◇



 そんな現実離れした日から数日が経過し、レナンとミューズは自領に帰る事となった。


「今年は色々な事が合ったわね」


 毎年のように来ているが、今回の辺境伯領で起きた出来事は、よくも悪くも忘れられないものとなった。


「戻ったら、またしばらくは来れなくなるわね」


 ぼそりと呟くミューズの言葉に、レナンは複雑であった。


 しばらくどころか、二、三年来れないかもしれない。


 二人はそろそろ結婚相手を見つけないといけない年齢だ。


 その相手によっては、もうここに来れなくなるかもしれない。


 辺境伯領は国の端だ。訪れるのに数日掛かるし、隣国との境なので、攻め入られる危険もある。


(でもいつまでもこのままではいられないわよね。いっそ子どものままで居られたらいいのに……)


 今から戻るスフォリア領は従兄弟が継ぐ事になっているから、いつかはどこかに嫁がなければならないとはわかっている。


 ただ嫌な事を少しでも遅らせてしまいたいと願ってしまうのは、仕方ない事だろう。


 レナンとミューズが帰りの馬車に乗りこもうとした時、見覚えのない馬車が屋敷の前に止まる。


「誰かしら?」


 リリュシーヌは首を傾げ、ディエスも見知らぬ馬車にキョトンとしていた。


 屋敷の外にいた兵たちが何やら話をしているが、剣呑な雰囲気は感じられず、知り合いのようではあるが誰なのか。


「ミューズ!」


 馬車から降りてきた人物に、声を掛けられ、驚いた。


 薄紫色の短髪と大柄な体躯、あの時の妖精ではないかと一瞬思ってしまったが、穏やかな表情と声はあの忌まわしい者ではないようだ。


「ティ……様?」


 服装も立ち居振る舞いも、自分なんかが呼び捨てにしてはいけない、そんな風にミューズは感じていた。


「そんな風によそよそしくしないでくれ。君には呼び捨てにされてもいい」


「……そういうわけには」


 さすがに熊の時とは違うし、今やそんな事をしてはいけないという雰囲気だ。


 それなのにとうのティはミューズの言葉にやや不満そうである。


「ティタン。まずは自己紹介と詳細を話さないとな」


 馬車からはエリックもリオンも降りてきて、ティの事を嗜める。


「間に合って良かった。大事な話があるのだが、ディエス殿、リリュシーヌ様、少しお話をよろしいでしょうか?」


 ミューズ達が自領に帰る前にと、急いで来たらしい。


 その為、先触れも早馬も出せず、申し訳ないと謝罪された。


「本当はすぐに来たかったのだが、一応呪いの後遺症がないか調べてからと遅くなってしまった。会えて本当に嬉しい」


 ティは嬉しそうである。


「立ち話も何だから、一度中に入りましょ。ここでする話ではなさそうだし」


 ティの熱い視線にリリュシーヌはニマニマと微笑む。


 

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