【第8章】さようならありがとう

その1 埜瀬さん。

お客さん第1号の山内さんは、私の中に数々の謎を残して去って行った。

毎回こんな感じになるのだろうか?

いやいや、謎の行動をしない人も来るはず、だろう、きっと。


そんな心配をしていたところ、山内さんを送り出したその日に、2号の電話が入った。

その人は、女性で、「のせ」と名乗ったそうだ。

そういや、その名前、最近聞いた気がする。


1泊1名で、2日後の午後5時に来るという。



イケ:「すぐ次のお客さんが来るって、良いね。」



イケちゃんは気分が良さそうだ。

私は、電話予約だったのが気になる。

インターネット予約と違い、サイト上のメッセージで事前のやり取りが十分にできないから。



ちょっとした不安を抱えたまま、その日はやって来た。



午後5時。



予定時刻通りに、その女性は現れた。

前回同様、イケちゃんは、落ち着かなくて館内の清掃を無駄に繰り返している最中だ。



新井:「あ、こんにちは。『のせ』って、埜瀬さんだったんですね。」



聞き覚えのある名前のはずだ。

イケちゃんの実家で会った、あの女性だ。



埜瀬:「はい。」



...ん?


私はこの返事に、違和感を覚えた。

その声に、温かみが無かったからだ。

あの時と違って、今は仕事じゃないからか?


チェックインカードを渡して、「ではこちらにご記入を...」と言いながら、私はふと閃いた。

眼鏡を外して、目を見てみよう、と。


以前、イケちゃんにそうしたら、思考が読み取れた。

他の人で試した事はまだ無い。

良い機会だ、試してみよう。



埜瀬:「あの」



そう言って埜瀬が顔を上げた瞬間、ノー眼鏡の私と目が合った。



「住所とか電話番号とか書かないといけねぇの?」

「この女がシンちゃんの嫁ってマジ?」

「顔のブツブツ気持ち悪いな」



埜瀬の思考が流れ込んできた。


なんか酷いな、この人。



新井:「なんでしょう?」



読んだ思考の内容に返事をするのはおかしい。

だから「あの」に対応する。



埜瀬:「いえ、やっぱりいいです。」



んー、何か変な感じだ。

埜瀬がチェックインカードを書き終えるまでにもう1回目を合わせたいな、そう思っていたけれど、自然な動きでは上手く行かなかった。

続いて施設案内をしなければならない。


私は再び眼鏡をかけた。



イケ:「あ、ようこそ。」



そこにイケちゃんがやって来た。


そしてすぐに気付く。



イケ:「あ、埜瀬さん?」


埜瀬:「はい。どうも。」



さすがに2人はお互いを知っていた。

実家に出入りして、祖父母の面倒を見てもらっている人だし、知らないのもおかしいよね。

門で出入りをチェックされるのに、敷地内の人が知らんというのはありえないから。



イケ:「わざわざ泊りに来てくれたんですか?」


埜瀬:「はい。以前からいつか泊まってみたいと思っていたんです。」



仕事で通っているって事は地元の人だよね。

なんでわざわざ?

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