その4 思い出す、あの人を。

イケちゃんが呼んだ害虫駆除業者は、スムーズに仕事をしてくれた。

薬剤を散布し、掃除機もかけてくれた。

「成虫は見当たらなかった。」という報告だった。


またしても我々はその後の清掃をしなければならなかった。

けれど、山内さんの到着までは日数に余裕があった。

一気に全てをせずとも良いのだ。


この時、一緒に掃除をして、気付いた事がある。

イケちゃんは、綺麗にする事に拘るのはいいとしても、効率が悪いのだ。

例えば、ガラスを拭く時なんか、何度も何度も同じ拭き方を繰り返し、汚れが残るのを気にしている。



新井:「何してんの?」


イケ:「拭き筋とか細かいのが残るんだよ。」


新井:「ああ、それはね...。」


新井:「歯磨き粉とかは、最初にグリグリして拭き取っておく。」


イケ:「うん。」


新井:「で、ちょっと濡らした綺麗な雑巾で、ガラス面を縦に一気に下まで引くように拭く。」


イケ:「おお!」


新井:「上から下に一気にね。これを全面やる。」


新井:「で、乾いた雑巾で、同じように拭く。」


イケ:「うん。」


新井:「一番下に、あなたが気にしているものが残るようなら、そこだけは乾いた雑巾で横に拭き払えばいいよ。」


イケ:「なるほど。」



これで解決。

こういうの、知らないものなんだね...。

まあ、私も...。



....



昔の私、イケちゃんみたいなもんだったな。

...いや、もっと性質が悪かった。


今まで私がイケちゃんに教えたりやったりしてる事、全部...。

頭が良くない私にもわかるように、身に付くように、教えてくれてたんだな...。

それを私は、腰が痛いとか、気分が悪いとか、嘘じゃないにしても...そう言って仕事しなかったり、元気でも昼まで寝てたり...。


最後も...私が...。



今更だ。

完全に手遅れだ。

反省は、失敗した後すぐにして、教訓に変えなければならない。

それができない愚か者だからこそ、後悔に形を変えて一生残る。



イケ:「どうしたの?」


新井:「あ、ちょっと考え事してた。」



動きが止まった私を心配して、夫が声を掛けてくれた。

そう、今はイケちゃんが私の夫だ。

私に離婚歴がある事、イケちゃんにまだ言ってないな...。


さてさて、それはともかく、最初にゲストを迎える時、どうするのが良いんだっけ?

宿のタイプによるしなあ。

忘れてる部分も結構あるだろうな。

ちゃんと聞いとけば良かったなあ。


人は、今にしか存在しない。

そして、未来にしか進めない。

過去に手を伸ばそうとしても、その手はどこにも届かない。


あの時の自分と、あの時のあなたに、今の私ができる事は、何一つ無い。






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