その4 宿の主は世間知らず。
それは大した問題ではなかった。
許可申請・開業手続きを進めるにあたり...
新井:「代表者名は私でいい?」
イケ:「いや、それは私にしてほしい。」
この部分だけの話だった。
どちらにしても、開業・営業に支障は無い。
新井:「実質的に仕切るのは私になるよね?」
イケ:「なんで?」
新井:「私の収入源だし、私の方が経験があるから。」
イケ:「召喚士としてじゃない自分の名前を社会に示したいんだ。」
新井:「なるほどねえ...。」
イケちゃんは、そこに拘りがあるらしい。
なんとなーく、わかる気がした。
でもさ、この世界において私は、「召喚士池本の妻」でしかないんだよ。
イケちゃんの付属品だ。
社会に示すというなら、私はまだ、自分自身が何者なのかすらも示せてないわけで。
召喚士の肩書を持つ夫とは雲泥の差...。
そう思った事をそのまま伝えるのは、主張が強過ぎだろうか?
少し考えたけれど、アホの私は良い言い回しを思い付かなかったので、頭の中身を全部そのまま言った。
イケ:「そうか...そうだよね。」
わかってもらえたみたいだ。
だけどたぶん、自分の中の、今まで溜まり続けて来た思いを消化できないんだろうな。
イケ:「ねえ、もう一棟建てて、そっちをはるか名義にするのはどう?」
うっわ!
金持ちの世間知らずな解決策!!
新井:「ありがたいけど、そこまでしなくてもいいかな。やっぱり最初は無理せず2人で1つの事をやりたいじゃない?」
イケ:「だよね!」
なんか妙に嬉しそうだ。
こいつ可愛いな、と思った。
年上だけど。
新井:「うん、私は名義に拘りがあるわけじゃないから、イケちゃんにしとこうか。」
イケ:「それでいいの?」
新井:「いいよ。」
イケ:「ありがとう!」
イケ:「利益が出たら、はるかが思う最高の宿を新しく建てようね!」
新井:「ふふっ、イイネ。」
別館を新築できるほど利益を出すのがどれほど大変か全然わかってない。
可愛いな、でもわかってないな、そういう笑いが出た。
まあ~~~、そんだけ稼げる頃には、我々は高齢者の仲間入りしてるだろうね。
新築どころか、今の建物を壊すとか改修するとかそういう話になって、お金回らないでしょ。
って、私にはわかるけど、今はそれは言わない。
現実の厳しさは少しずつ知ればいいと思う。
この種の人は、経験する前に言ってもわかんないんだよね。
だから今は、モチベーション高く、ワクワクしていてほしい。
苦しい時に、その気持ちを思い出したら、心折れてもまた立ち上がれるはず...。
それに、私が居る、私がなんとかしてみせる。
って、私自身も、そこまでの経験はしてないぞ?
なんで...
私がこんなに自信を持てる本当の理由は、「なんで」と考えるまでもないんだけど、認めたくなかった。
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