その2 「慮」が足りない。

イケモトの宿に来て2日。

痛めた腰のせいで、ベッドの上からロクに動けない生活となってしまっていた。


その間、イケモトは甲斐甲斐しく私の世話をしてくれた。

私を召喚した張本人だという責任感から来るものだろう。


最初のうちは、私も何かお返しせねばとか、申し訳ないとか思っていたけれど、時間が経つにつれ、それを当たり前に感じ始めた。

そしてイイ気になった。

甘えられるだけ甘えちまえ、みたいな。


この日、差し出された夕食に...



新井:「あ、どうも。」



と、軽い発言をした時に、ハッとした。


私は、その甘ったれた性格ゆえに、捨てられたのだ、と。

この人なら何もしなくても甘やかしてくれるんだ、素の自分でいいんだ...そういう慣れから来る甘えを覚えた末、私は元夫に生意気な口を利くようになった。

元夫からお金を受け取って働いていたくせに、毎日昼まで寝て遅刻が日常化した挙句、挨拶もせずに現場に入って、夫に対してナメた口調で「それどうなん?」みたいな指図をしていた。


それの何が悪いか、ロクに理解していなかった。

指摘されたら拗ね、その場でふて腐れた態度を丸出しにした。

それでも「妻だから許される」のだ、と。


今、イケモトに捨てられたら、私はどうすればいいのだろう?

あまりにも優しくされ過ぎて、最初に感じた、何もわからない場所に居るという不安をうっかり忘れてしまうところだった。



新井:「初めて会った時からずっとお世話してくださって、ありがとうございます。」



食事をしながら、改めてお礼を言った。

イケメンのイケモトは、「いえいえ~」と言って、穏やかな笑顔を返してくれた。


そんなイケモトの事を私はもっと知りたい、知るべきだ。

召喚術史料館に行けば、その一端に触れられる...はず。




翌朝...なんとか動けそうなぐらいに回復した。

トイレに自力で行けるか挑戦し、成功した。

これならお風呂も大丈夫だろう...使い方詳しく聞かないとね。


それだけ動けるなら、というわけで、召喚術史料館に連れて行ってもらった。

イケモトの軽自動車で片道5分の距離だった。


運転はもちろんイケモトがしてくれた...この世界の運転免許って取りやすいかな?

日本では、3連続で試験に落ち、心折れて諦めたんだよね...。

バック駐車難し過ぎるんよ...同じミスを全く同じように3回繰り返す私もアホだけどさ...。



そんな頭がアホな私は、召喚術史料館に展示されているあれこれを、やはりロクに理解できなかった。

見て「ふーん、そうなのか」ってなるのだけれど、重要な情報とかいう素敵なそいつらは、頭の中に入った後すぐ抜け出してしまわれる。

定着するのに、私の脳は居心地が悪いんでしょうかね?


イケモトのひいじいちゃんと、そのひいじいちゃんのじいちゃんが召喚士だったって事と、ひいじいちゃんは戦争中に召喚術を使ったって事は、頭に残った。

その時の写真がでかでかと展示されていて、ひいじいちゃんが当時23歳だったと聞いて「おほーう」ってなった。

2代飛んでも顔が似てるのも驚きポイントなんだけど、それ以上に...



ひいじいちゃんこの時点で既にだいぶハゲてた。



私はつい、隣のイケモトの頭を確認してしまったのだった。

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