ダンジョン大国ニッポン

変態ドラゴン

第1話 母さん「働け」

 人と関わる事が苦手な私は、ニートになって親の脛を齧るのだと思っていた。

 高校の卒業式を終え、母と二人で帰る道の途中で、頭に声が響いたのだ。


『あなたはスキルを獲得しました』

『おめでとうございます。ステータスの閲覧を許可します』

『以後、あなたはステータスを確認できます』


 ウッソだろ……と呟いた私を、母さんはたいそう冷めた目で見ていたのを覚えている。

 なにせ、無数に発生した洞窟、通称ダンジョンからは未知の素材や物質がよく見つかる。

 危険極まりないダンジョンに潜れるのは、法律で公認の探索者だけと決められている。

 つまり、国から許可を与えられた者だけがダンジョンに足を踏み入れられるのだ。


 探索者になる条件はたった一つ。

 スキルを所持しているかどうか。

 スキルさえあれば、性格や生まれなど関係なしに国から通達が届くのだ。

 実際にダンジョンに潜るかは、当人の意思に委ねられている。


 国からの通達を受け取った母さんは、満面の笑みを浮かべながら振り返り、ゾッとするような声で命令してきた。


「奏、あなた探索者になりなさい」


 私は無言で首を振った。

 何が悲しくて働かなくてはいけないのか。

 私はこのまま親の脛を齧り、宿主と共に生涯を終える寄生虫となるのだ。


「あなたの携帯代金、今月でいくらか知ってるかしら?」

「えへ、あへへへへ」


 私は目を逸らした。

 家庭に貢献しない事を理由に最低金額のパケット代で契約しているので、ある一定の通信量を超えると高額になる。

 母さんはそれを言っているのだ。


 その日、母さんは、いつものように怒鳴らなかった。

 代わりに、ただ淡々と微笑みを浮かべて質問を繰り返す。


「なるわよね? 探索者」


 百回目の問答を超えた辺りで、ついに私の方が折れた。


 母監視と同伴の元、探索者協会で簡単な検査と講習を受けた。

 私が獲得したスキルは『頑健』。

 さほど珍しくもない、防御力と生命力を常に上昇させて、死ににくくなる代物だと説明された。


 山のような書類と宣誓書に署名して、探索者としての心得みたいなマニュアルを渡された。

 受付さんの『残念ながら今の時期はパーティーを固定にする方が多く、外部に募集をかける事自体が少ないんです……』と言われたので、経験を積むまでは単独での活動になりそうだ。

 もっとも、経験を積む以前にウッカリで死にそうだけどね。


 なにせ、生まれてこのかたインドア派、嗜むものは漫画かアニメ。運動は極力避けてきた人生だ。

 ダンジョン内に生息する魔物に襲われて逃げ切れる自信は皆無。魔物たちはきっとサシの入った人肉に舌鼓を打つだろう。


 今生の別れだというのに、母さんは『アンタはあたしに似て無駄に運がいいし、メンタルも強いから大丈夫よ』と大口を開けて笑っていた。酷い。これが母親のする事か。


 そうして、私は一人でダンジョンの入り口にいる。

 ここは世界でも簡単なダンジョンで、魔物の数も少ない。一番奥にダンジョンコアと宝箱があるので、宝箱の中身を間違えれば晴れて一人前らしい。


 急所を守る最低限の皮の鎧に、一日分の食料と水を詰め込んだリュックを背負って母さんに見送られながらダンジョンに足を踏み入れた。

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