第34話 騎士団来援 01

 数日後、その日もバートは執務室で政務を行い、ホリーもその手伝いをしていた。ホリーは仕立屋が大急ぎで仕上げた上品な服を着ているが、まだそれには慣れていない。



「やっぱり、こういう服は慣れません……」


「お嬢さんには窮屈な思いをさせてすまない。だがその服もお嬢さんには似合っていると思う」


「は、はい。めてくれてありがとうございます」



 ホリーは少し驚いた。まさかバートがこの格好を褒めてくれるとは。しかもいつもの淡々とした口調がほんの少し緩んで。驚くと同時に、うれしいとも思った。

 相変わらずバートの仕事は多い。バートは下の者の提案も妥当なものならば採用し、この街の役人たちにはなじみのないことで質問されても丁寧に説明するため、役人たちも時折提案したり質問したりするために執務室を訪れていた。死んだ領主の統治下では幹部連中にせき止められていたことであり、そもそも領主と役人たちが直接対話することなど考えられなかった。一応役人たちもバートの負担を増やしすぎないように、重複などはないように調整をしてから執務室に来るようにしているようである。もちろんバートも提案されても全て採用するわけではない。必要性の薄いものや、実現性に問題のあるもの、そもそも問題外なものなどは却下していた。質問については、今の所バートが丁寧に説明して納得しない役人はいなかった。



「皆さんも、バートさんのことを受け入れてくださってうれしいです」


「そうか。お嬢さんにとってはそうなのかもしれない。私にとっては、有象無象うぞうむぞうの人間にめられてもどうとも思わないが」


「……」



 ホリーも理解している。この人にとって、ほとんどの人間は妖魔共と大差ないのだ。そんな人間たちに感謝されても、この人にとってはうれしくもなんともないのだ。それが悲しい。

 バートの評判はますます高まっている。街の民衆からも、役人たちからも。役人たちには最初冒険者のバートをあなどる態度を示す者も多かったが、バートはそれをとがめることもなく、遠ざけることもなく、それらの者たちの提案や質問にも適切に対応していた。それで役人たちは、バートはなんと器の大きな男なのだと感服したのである。バートからすれば、人間などそんなものだと思って無視しているだけなのだが。

 街の民衆からしても、混乱寸前の状態にあった街が急速に秩序を取り戻し、部分的には以前よりも良くなっていこうとしているのを実感しつつあった。役人たちも民衆もバートが領主代理ではなく新しい領主になってほしいと望む者が多くなっているようである。もちろんバートも完璧ではないし、こんな短期間では何もかも改善するとはいかないが。



「お嬢さん。そちらの書類を渡してほしい」


「はい。そちらの書類は記入漏れのチェックと整理をしますか?」


「頼む」



 ホリーも少しずつではあるがバートの手伝いに慣れていっている。バートから事細かに指示されなくても書類を整理したりと。役人たちもそんな頑張る大人にもなっていないホリーを微笑ましく思っているようで、好意的な者も多い。それは彼女が礼儀正しい心優しい少女で、仕事も不慣れなりにきびきびしているからであろう。さすがにバートの足を引っ張っていたら、役人たちも彼女を好意的に見はしなかっただろう。

 ホリーにはバートの役に立ちたいという強い思いがあった。そしてバートやヘクターたちからめられるのがうれしかった。自分も人々が平穏に暮らせるようにする手伝いが出来るのもうれしかった。バートが良い施策しさくをとり、民衆がそれに喜んでいるようだということがうれしかった。

 そして彼女は思う。やはり良い政治が成されれば、人々も善なる行動を取るのであろうと。自分はそんなことが出来るバートを支えたいと。この人は善意や正義感からそうしているわけではなく、この人にとっては義務でしかないのだろうとは理解しているけれど。

 ホリーをともなっていることにより、バートは少女愛好者なのではないかというよからぬ噂も流れたが、領主の手先の役人に目をつけられたホリーをバートが保護しているという噂も流れ、バートの人格を疑う声も小さくなりつつある。死んだ領主の悪行に声を上げる者は役人にはいなかったが、眉をひそめていた者は多かったのである。領主にへつらい、進んで不正や悪行にたずさわっておこぼれを得ていた役人も少なくなかったが。そしてそんな下劣な役人たちはまだ残っている。そんな者たちが身勝手なことをするのではないかという疑いもあり、バートがホリーを手元から離さないことに正当性を与える面もあった。



「お嬢さん。私を見ているようだが、どうかしただろうか?」


「い、いえ。すいません」


「疲れたならば、休憩してくれてもいいが」


「いえ。大丈夫です」



 ホリーからすればそんなバートのちょっとした心遣いがうれしい。悪神アルスナムの言葉からすると、自分は本当に聖女のようだ。自分はバートについて行きたいと言ったが、自分が聖女ならばこの人はついて来るべきではないと言うかもしれない。なら聖女である自分と一緒にいてほしいと言えば、この人もずっと自分と一緒にいてくれるだろうか。前は考えておくと言ってくれたが。そしてこの人とならば終生共にいてもいいと思ってしまう自分は、やはりこの人に恋をしているのだろうか。



「やはりお嬢さんは少し疲れているようだ。お茶でも持って来よう」


「あ……すいません。ちょっと考え事をしちゃって。でも……そうですね。私がお茶を持って来ます」


「そうか。頼む。だがお嬢さんも疲れているならそう言ってくれていい。慣れない仕事をお嬢さんにさせているのは私なのだがら」


「はい。ありがとうございます」



 自分が気疲れしているのは、バートが言う通りなのだろうとホリーは思った。それで気が逸れて考え事をしてしまうのかもしれないと。お茶でも飲んで小休止して、気持ちを切り替えよう。

 ホリーは執務室を出る。執務室の外にはもう一つ部屋があり、領主がいた頃は側近が詰めていたが今は主を失って無人になっている部屋を通り、もう一つ外の部屋に出るとそこには官庁勤めの使用人がいる。何部屋も通るのは構造としては合理的ではないが、この街の官庁では領主の威厳を示すためという思惑があったのかもしれない。



「ホリーお嬢様。いかがなさいましたか?」



 ホリーは使用人たちや役人たちからはお嬢様扱いされているが、彼女自身はこんな態度をとられると居心地が悪いと思っていた。上品な服をまとったホリーは、彼女自身見目麗みめうるわしいこともあって、お嬢様と呼ばれるのにふさわしく見えるのだが。



「厨房にお茶をいただきに行こうかと」


「お嬢様。そのようなことは私共にお任せください。さ、すぐにお持ちしますから、部屋でお待ちくださいませ」


「は、はい」



 ホリーからすれば追い返されたという気分だが、それは使用人たちの仕事であり、ホリーやバートが自分でするのは彼らの仕事をおかすことなのである。


 そして使用人がお茶とちょっとしたお茶菓子をワゴンに乗せて持って来て、彼女とバートは小休止に入る。丁度それくらいの時間ではあったのだ。ホリーがお茶を取りに行かなくても、そろそろ使用人が持って来てくれたであろう。



「では、給仕させていただきます」


「いや。お嬢さんはそういう態度をとられることに慣れていないから、君に給仕されてもくつろげないだろう。君の職分をおかすこととは理解しているが、退室してほしい」


「す、すいません」


「はい。それでは退室いたします。何か御用があれば、何なりとお申し付けくださいませ」



 使用人は給仕すると申し出たのだが、それはホリーが落ち着けないであろうと、バートが断ってくれた。いつものことではあるのだが、使用人としても給仕を申し出ないわけにもいかないのだろう。

 使用人が退室し、ホリーがお茶をポットからカップに注ぎ、執務室にある応接椅子にバートと対面して腰掛け、カップを手にしてホッと一息をつく。彼女は本職の使用人ほど上手にはお茶を淹れられないのは彼女自身も認めるが。このティーセットも椅子もテーブルも高級なものであることが一目瞭然いちもくりょうぜんで、彼女としては今でもおっかなびっくりなのである。

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