02 新米聖女は道を見出す

第24話 エルムステルに戻って

「我が友よ。考え直してくれないか?」


「くどい。我が友よ。我はもう決めた」


「だが、人間たちを間引まびきするなんて、あまりにも乱暴じゃないか」


「お前も知っているだろう。人間たちの暴虐ぼうぎゃくを。知恵ある者たちは我慢を強いられ、言葉を発することが出来ない生き物たちは搾取さくしゅされ滅びにさらされている。もはや猶予ゆうよはない」


「人の本性は善だ。もちろん人間たちも。私たちが根気よくさとせば、人間たちも理解してくれるはずだ」


「人間にも善なる心を持つ者たちがいることは認める。だが人間の本性は悪だ。その人間たちの中にも時折善なる者が現れるに過ぎぬ。現に人間たちは自分たちを擁護ようごしているエルフやドワーフたちまで抑圧しているではないか」


「我が友よ。何故理解してくれないんだ……人間たちも必ず自分たちの過ちを認めてくれる」


「お前こそ何故理解しない。お前は諭せば人間たちも理解すると言うが、今まで何度我ら神々が諭したか。一万か? 一億か? もっと多いであろう。人間たちが過ちを認めることは期待出来ぬ。全てが人間たちの欲望に飲み込まれ、人間たちを含む全てが滅ぶ前に、動かなければならぬ」


「確かに私の努力不足は認めないといけない。人間にも悪心を持つ者たちもいることも認めないといけない。だが、人間の大多数を殺し尽くすなど、神のすることじゃないじゃないか」


「だから我もこれまで我慢してきた。その結果人間たちは際限なく増長していった。このままでは人間たちの欲望は神々すらも飲み込み、自滅へと向かうであろう。あるいは人間たちはこの星を破滅させ星空に逃げ出し、全てを欲望のおもむくままに飲み込んで行くかもしれぬ。その前に人間たちを止めなくばならぬ。我ら神々の加護を離れ星空に飛び立つのは、精神的に成熟した調和をもって行動出来る者たちでなければならぬ。人間たちにその資格はない」


「我が友よ……だが人間たちを間引くなんてあんまりじゃないか……」


「くどい。我が友よ。我はもう決めた」



(神々の時代、ある神と神の会話)






 ヴィクトリアス帝国の皇帝とその息女が、エルムステルの街を解放した者たちについて会話する前日。


 心優しい少女ホリーと人間不信の魔法剣士バート、気のいい戦士のヘクターの三人と、百人ほどの冒険者たちは、オーガの将ゲオルクたちのとむらいも終わらせて、エルムステルの街に入った。

 そしてバートたち三人は、この街で手広く商売をしている商人マルコムの邸宅に来ている。彼らは進発する前に宿を取っていた冒険者の店に向かおうとしたのだが、途中でマルコムの使用人のニックに呼び止められて、バートとヘクターに邸宅に来てほしいと頼まれた。マルコムから預けられていた遠距離通話出来るマジックアイテムの片割れを返却するため、いずれ来る必要はあったのだが。

 三人が部屋に通されると、そこには恰幅かっぷくの良い商人マルコムが椅子に座って待っていた。彼はバートたちが部屋に入るなり立ち上がってバートの前まで来る。



「バート君! ヘクター君! ありがとう! ありがとう! 君たちのおかげでこの街は救われた!」


「私はその礼を受け取る立場ではない。魔族たちの将ゲオルクはもとよりこの街を攻撃するつもりはなかったようだ」


「え……どういうことだい?」


「ゲオルクとその配下たちは、戦う力を持たない者を殺すことは好まない魔族だった。騎士団を壊滅させ、領主を討ち取った時点で、彼らにはエルムステルを攻撃する意味はなかったようだ」


「だけど、君たちが来なければ街は攻撃されたんだろう?」


「私とヘクターをおびき出すための餌に過ぎなかったようだ。私たちが戻らずとも、この街が攻撃されることはなかっただろう」



 バートは淡々と語る。実際、彼らが来ずともこの街は攻撃されなかっただろう。その場合ゲオルクたちは旧王国領東方地域に進軍することになったのではあるが、それは彼らは知るよしもない。

 マルコムは困惑している。自分たちはいつ皆殺しにされてもおかしくない状態だったと思っていたのだから。それが実は魔族たちに街を攻撃するつもりはなかったと言われたのだから。



「魔族は引いたようだと聞いているけど、何があったんだい?」


「私がゲオルクと、ヘクターがゲオルクの義兄弟のイーヴォ、カール、グンター相手に戦った。その結果私たちは生き残り、ゲオルクたちは死んだ。ゲオルクは自分の敗北を認め、配下たちに魔王領に帰るように命令した」



 バートは無表情で淡々と事実を言う。それに自分が何を思ったのかは言わない。ヘクターとホリーはゲオルクたちの姿を思い出し、あの男たちとは平和な場所で会いたかったと思った。



「ふーむ。でも、君たちのおかげで私たちが恐怖から解放されたのは事実のようだ。私と仲間の商人たちから、たっぷり報酬を出させてもらうよ。私が君たちをその魔族の将と戦わせたようなものだからね」


「そうか」



 バートは金にこだわりすぎる男ではない。だが相手から報酬を出したいと言っているのに断る男でもなかった。

 そしてマルコムはバートたちに椅子に座るようにうながして、自分も椅子に座って、真剣な顔でバートを見る。



「ところでバート君たちにお願いがあるんだけど……」


「聞くだけは聞こう」


「是非引き受けてほしいんだけどね。この街を治めてくれないかい?」


「領主の任命はヴィクトリアス帝国の皇帝陛下が行う。勝手に領主になれるものではない」


「それは私もわかっているよ。でも今のこの街には領主様はいないんだ。領主様も領主様の側近も役人の偉い人たちも、みんな街を捨てて逃げようとして、魔族たちに殺されちまった」


「そうらしいな」


「今のこの街の統治体制は麻痺まひしていて、崩壊寸前なんだよ。残っている役人たちも自分が何をすればいいのかわからないって感じでね。騎士や兵士たちも領主様の命令に逆らって街を守るために残ってくれた人たちもいるんだけど、その人たちも命令する人がいなくて、はっきり言ってろくに役に立っていない」


「そうだろうな」



 バートはマルコムの目論見もくろみを読んでいた。マルコムはバートに責任を押しつけたいのだろう。自分たちが責任を負いたくはないから。マルコムには確かにその思惑おもわくはある。だが商人に過ぎないマルコムが役人たちや騎士たちに指示をするのは無理なのである。それはバートもわかっているが。そしてその上でマルコムには考えがあった。



「バート君とヘクター君は帝国公認冒険者だ。帝国公認冒険者は帝国直属の騎士隊長と同等の扱いを受けると言うし、君たちが一時的にこの街の統治の代行をしても、帝国から責められることはないと思う。万が一責められたら、私と商人仲間たちで君たちを責めないように連名で嘆願たんがんする」


「……」


「私たちも全力で君たちを手伝う。だから、この街が一通り落ち着くか、帝国から統治担当者が来るまでの一時的でいいから、この街を統治してほしいんだ。役人や騎士たちも、帝国公認冒険者の君たちの指示なら聞くだろう。頼む! このままではこの街は酷いことになっちまう!」


「……」



 マルコムの言葉に理があるとは、バートも認める。だが彼としては妖魔討伐の任務も終了したことだし、聖女である可能性が高いホリーを、旧チェスター王国領東部地方に拠点を置くフィリップ第二皇子の元に連れて行くため、旅に出たかったのだ。

 この街についても、妖魔共に襲われて酷いことになっている地域もあることについても、それは冒険者であるバートが考えることではない。それよりも彼にとっても旧王国領の人々にとっても、『聖女』の方が優先度は高い。ホリーのことさえなければ、あくまで一時的になら彼も引き受けようと思ったかもしれないが。

 バートが断ろうとした時、黙って聞いていたヘクターとホリーが口を出す。



「バート。ここは引き受けるべきじゃないか?」


「バートさん。出来れば、引き受けてあげてほしいです……」


「……」



 ヘクターもホリーも善良な性格だ。マルコムから泣きつかんばかりに頼まれて、同情したのだろう。そもそもこの二人は人を簡単に見捨てることが出来る性格ではない。この二人からも頼まれては、バートも無碍むげに断ることは出来ない。それに『聖女』の方が優先度が高いとはいえ、バートの『義務』からするとこの街の人々を見捨てるべきではないのである。彼自身は、妖魔同然と思っている人々を見捨てようと心に何も感じないのであるが。だがこの男にもヘクターとホリーが悔いに思う姿を出来れば見たくはないという思いはあった。それにあまり長引くようならば、信頼出来る冒険者であるシャルリーヌたちにホリーをフィリップ第二皇子の元まで送ってもらうように依頼する手もある。



「……承知した。だが、それはこの街が一通り安定するか、帝国から統治担当者が派遣されてくるまでの間だ」


「ありがとう! ありがとう! 本当にありがとう!」



 バートも渋々同意した。マルコムは感激した様子だ。

 マルコムとしては、ここはなんとしてもバートとヘクターに引き受けてもらわなければならなかったのだ。第一の理由はこの街の統治機構が麻痺まひしていて、形だけでもトップに立って導く者が必要なことだ。だがそれだけではない。マルコムはバートとヘクターに救援要請をして、それを街の人々にも広めていた。バートたちは必ず来る。だから自分たちは大丈夫だと。領主は逃げて殺され、街には頼りない防備しかなく、騎士団もろくに残っていない状況で絶望に震える人々を勇気づける必要があったのだ。



「街の人たちも君たちにはすごく期待しているんだ。面倒ごとを押しつけるのはすまないけど、しばらくは頼む。もし君たちが引き受けてくれなかったら、この街の秩序は崩壊しちまうかもしれない」


「承知した」



 その結果治安の決定的な悪化は避けられ、街の人々を状況の割には秩序ある行動をさせることに成功した。だが、当然と言うべきか街の人々のバートとヘクターに対する期待は天井知らずに跳ね上がってしまった。バートたちを新しい領主に迎えるべきだと、魔族の脅威から解放される前から街中では公然と語られていた。その街の人々の期待をとりあえずは満足させるために、一時的であってもバートたちに上についてもらう必要があった。

 もしここでバートたちに断られたら、正式な領主代理が到着して統治機構が回復するまで、この街は無法地帯になるかもしれないとマルコムは心配していた。実際、この危機において略奪行為をしたりする者共もいたのである。それを杞憂きゆうと言い切ることが出来るのは、よほどの楽天家か何も考えていない者だけであろう。

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