[凍結] 新米聖女と元王子様 [この話は手直しして再投稿する予定です]

伊勢屋新十郎

01 新米聖女の初めての旅

第1話 新米聖女は不運に見舞われる 01

「善神ソル・ゼルム様と善なる神々に導かれて、人間たちはエルフやドワーフたちとも仲良くして、それはそれは繁栄していたの。でもそれをねたんだ悪神アルスナムが、悪なる神々と魔族たちを率いて酷いことをしたのよ」


「妬むって、なーに? それに酷いことってー?」


「人間たちがうらやましい、その繁栄を自分のものにしたいって思ったのよ。それで大勢の人たちを殺したの」


「みんなで仲良くすればいいのに……」


「そうね。あなたも人を妬んでは駄目よ? みんなと仲良くしなさいね?」


「はーい!」



(ありふれた、母親と幼い娘の会話)






 神々が治める光に満ちた時代。それは神話の彼方かなたにある。神々はあるものは滅び、あるものははるか長き眠りについた。繁栄を謳歌おうかした神々の時代における人類の栄光の痕跡は既にほとんどが失われ、強力な魔法で守られた一部のものが各地に遺跡として残るのみ。

 世界は人類と魔族たちが否定し合い、互いを滅ぼそうとすることを数千年も続けているとされている。その間人類が神々の時代に比肩するような繁栄に手をかけようとしたことも何度もあったようだが、その度に魔族たちが人類を滅ぼそうと徹底的な破壊を振りまいたことを、今も各地に残る遺跡が示している。お互いに疲弊ひへいして、奇妙に平穏な期間が訪れることも何度もあったけれど。




 この百年間あまり、大陸のこの地方においては、かつての大戦で双方甚大な被害を受け、争いはなくなってはいないものの小規模な小競り合いをするのみという状況が続いてきた。だが、その状況にも変化が生じている。この十数年ほど、魔族たちの活動が少しずつ活発になってきており、次の大侵攻はいつ始まってもおかしくないとささやかれている。それに対し、人類側の国々も準備を始めている。その筆頭が、先の大戦においてこの地域の人類側の旗手としての役割を果たした英雄帝アラン・ヴィクトリアスが興した大帝国、ヴィクトリアス帝国。その剣の切っ先は、迫る危機のみならず人類側の国々にも向けられた。




 ほんの十年ほど前までは、この地は千年にも及ぶ歴史ある大国、チェスター王国の一部だった。そこに隣接するそれ以上に巨大な国、勝利の名を冠するヴィクトリアス帝国は突如チェスター王国に服属を要求。チェスター王国は友好国として付き合ってきた帝国の豹変に困惑し、宮廷内も混乱に見舞われつつも、要求を拒否した。

 その返答は苛烈なものだった。すでに侵略の準備をしていた帝国は即座に侵攻を開始。ほんの二ヶ月程度でチェスター王国の王都フルムは包囲された。



『アルバート! このに及んでおくしたか!?』


『父上。この期に及んで包囲軍に突撃して死んでも無意味と申し上げております。我らチェスター王家の者の命は、民の安全を要求するための交渉に使うべきと考えます』


『民など、我が王国が滅ぶ時はことごとくじゅんじるのが責務であろう!』


『父上は考え違いをされておられるようです。善神ソル・ゼルムの教えと、英雄王ローレンス・チェスターの遺訓をどうお考えですか』


『ええい! 臆病者に用はない! 下がれ!』



 王と三人の王子は降伏を良しとせず、騎士団と共に大軍に向かって突撃、壮烈な戦死を遂げる。絶望に震える王都の人々を、成人していないという理由で王宮に残された第四王子アルバートが混乱を収め、一歳年下の従者たった一人を連れて包囲軍の本営におもむき、降伏を申し出た。



『私はチェスター王国第四王子アルバート・チェスター! 私の命と引き換えに、チェスター王国の民に非道を働かないことを求める!』



 王子は己の命と引き換えに王都の人々の助命を要求したと言われている。一応は成人とされる十五歳にも達していない王子の堂々とした態度に感服した包囲軍の将軍は降伏を認め、王都への攻撃をしないこと、そしてチェスター王国の民にも非道な行いをしないことを約束した。

 王都はそれ以上の抵抗はせずに開城したが、絶望した王妃は既に自決しており、唯一残されたアルバート王子は帝都に移送された。

 王子の現在の所在は不明。帝都の一角に幽閉されているとも噂されている。

 これをもってチェスター王国は滅び、この地はヴィクトリアス帝国の支配下にある。




 ここはかつてのチェスター王国の民が旧王国領と呼ぶ地域の一地方。ヴィクトリアス帝国との国境だった場所からそう離れていない地方の、森に切り開かれた街道の付近。

 そこにいたのは美しい少女だった。明るい金色の髪と美しい青い瞳を持つ、大人と呼ぶにはまだ少し早い少女。素朴ながらも仕立ての丁寧な服は、裕福とは言えないまでも貧しい出ではないことを想像させる。その口には猿ぐつわを噛まされ、後ろ手に縛られており、目に恐怖の涙を浮かべている。



「まだガキだが、いい女だぁ。久しぶりの女だぁ。金はなさそうだが、楽しませてもらおうぜぇ」


「親方ぁ。俺たちにも楽しませてくれよぉ」


「おう。まずは俺だぁ」



 少女を、下卑げびた笑いを浮かべた男たちが見下ろす。野盗だ。その数六人。野盗たちは周囲の警戒もせずに、少女に対して獣欲を向けようとしている。

 ここは街道から外れた木々の中。街道を一人で旅していた少女は、目的地まであと数日もあれば到着するだろうという所で野盗たちに捕まり、ここに連れ込まれた。

 運が悪かったで済ませるのは酷だが、少女は運が悪かったのだろう。この野盗たちはほんの十日ほど前まではこの街道沿いにはいなかったのだから。

 少女が不注意だったと責めるのは簡単だ。たとえこの辺りの街道は基本的に安全とされているとしても、年頃の少女が一人旅をしていたのだから。

 ここは付近に村が点在する程度の土地ではあるが、大きな街もそう離れていないこの辺りの街道は数日に一回は兵士が巡回し、野盗や妖魔が出没したら討伐隊が差し向けられる。野盗たちはその巡回する兵士たちからは隠れ、野盗がいるという情報も村々にもまだ知られていなかった。ちょうど他に人通りがない時に通りがかった少女が襲われたのは、運が悪かったと言うしかないのだろう。

 野盗の頭目が少女に手を伸ばした時、その声は木々の間に響いた。



『光壁よ、守れ』



 少女も野盗たちも理解できない言語のその言葉と共に、少女を守るように光の壁が出現する。



「な、なんだ!?」


「敵か!?」


「まさか魔法か!?」



 野盗たちは事態を理解できずに狼狽ろうばいする。それでも自分たちに危機が迫っていることは察し、身につけた剣やなたを抜く。木に立てかけてあった弓と矢筒に手を伸ばす者もいる。

 そこに木々の間から一人の男が近づいてきた。冒険者らしき、剣と盾を携えた男。動きやすさを重視したのか、騎士のような全身を覆う重厚な鎧ではなく、要所を金属板で補強した鎧をまとっている。男が持つ剣は見るからにただの剣という様子ではない。兜からこぼれる髪は黒く、その瞳は灰色だ。それは端正な青年だった。

 絶望に沈んでいた少女の目に希望が宿る。助けてもらえるのではないかと。



「なんでぇ。たった一人かよ」


「親方ぁ。あいつ、いい武器を持ってそうですぜ。殺して奪っちまおう」



 野盗たちは敵が一人ということに安心して、笑いを浮かべる。敵が本当に一人かもわからないのに。

 少女は希望から一転、不安に震える。もしかしたら、自分だけではなくあの青年も死ぬかもしれないと。少女は自分が乱暴されて殺されるであろうことはもちろん怖かったが、自分のために誰かが死ぬことも怖かった。

 少女は善神ソル・ゼルムに祈る。青年の無事を。青年が無事なら自分も助かるだろうという打算など考えもせず、少女は青年の無事を祈った。自分が助かることよりも先に。



「降伏しろ。そうすればお前たちは生かして街の衛兵に引き渡す」


「はっはっはっは! 傑作だぜ! たった一人で俺たちに降参しろだってよ!」



 青年の無感情な言葉に、頭目は大笑する。自分たちが勝つに決まっている、そう思うからこその笑いだった。手下たちも追従ついしょうの笑いを浮かべる。

 青年はそれを気にするそぶりを見せない。



「降伏しないならば死ね。『氷槍よ、貫け』」



 怒りどころか冷ややかさすら感じられない、淡々とした声。

 頭目と四人の手下たちは、自分たちが思い違いをしていたことに気づかないまま、武器を構えることも出来ずに死んだ。青年の放った氷の槍数本に貫かれて。

 彼らは少女を守る魔法を使ったのは青年だということも想像していなかった。そもそも相手に魔法使いがいるということも忘れていた。

 少女は恐怖に目をつむる。農村出身の少女は、人がむごたらしく死ぬ光景を見たことはなかった。もちろん少女も病気や老衰で死んだ人間を見たことはあった。動物の死は、食料とするために男たちが猟の獲物や家畜の命を奪い解体することは日常だ。村の自警団が周囲に迷い込んだ妖魔を討伐し、その死体を焼却するために持ち帰るのを見たこともある。だが人が殺される光景を見たのは初めてだ。その光景はあまりにも惨たらしく見えた。

 野盗は一人だけ残っている。青年は恐怖に動きを止めた残り一人に剣を突きつけ、言葉を発する。



『汝、心をさらせ』



 その言葉の意味も、少女も野盗の生き残りもわからなかった。少女はおそらくそれは魔法の詠唱なのだろうと思った。



「ひっ……」


「お前たちに他に仲間はいるか?」


「い、いねぇ」


「お前たちは数日前に商人の荷馬車を襲ったか?」


「あ、ああ。馬車と荷物は俺たちのねぐらに置いてある。ば、場所を教えるから、命は助けてくれ!」


「それはどこだ?」


「す、すぐそこの小川をさかのぼった先にある、使われなくなった猟師小屋だ」


「お前たちはその少女の他に誰か捕まえているか?」


「い、いねぇ。た、頼む! 命は助けてくれ! 俺たちも、村が妖魔共に襲われて、こうしないと生き残れなかったんだ!」


「お前たちは人を殺したか?」


「……」


「ここで殺した者たちはどうした?」


「……」



 その沈黙と、恐怖に怯えたその野盗の表情が、心を読むことは出来ない少女にも事実を明らかにさせた。



「自分の不幸をもって、無辜むこの他人を殺していい理由にはならない。死ね」



 青年は感情を表すこともせず、淡々と最後の野盗を斬り殺す。野盗は軽量な皮鎧をまとっていたが、鎧など無かったかのように切り裂かれ、倒れ伏す。それは青年にとって人を殺すという禁忌的きんきてきな儀式ではなく、作業でしかなかったのだろう。青年が持つ剣は、付与されている魔法によるものか着いた血が霧散する。

 少女は青年のことが理解できなかった。もちろん自分を助けてくれたのであろうことはわかる。だが野盗たちに対し、青年は最初降伏を呼びかけるという慈悲を示したのに、今は命乞いをする野盗を無慈悲に斬り殺したのは何故なのかわからなかった。

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