第58話 九月の夕立①

 肝心な情報が抜けていた。

 高等部は『水泳』の授業は無い。

 なので翠のウィッグがバレる事は無い。

 以上だ。


 ——— 夏休みが明けるとクラスマッチ球技大会が待っている。

 クラスマッチは隣り合う二つのクラスで一つのチームを作る。なのでAクラスとBクラスが合同で、CクラスとDクラスが合同といった形でチームを作る。

 当然Aクラスの翠とFクラスの俺が同じチームになる事はなく、そして互いに目立ってはならないという制約もあるため、この手のイベントは人数合わせのために参加するだけのイベントになってしまっていた。正直、さぼりたい気分だ。

 放課後、俺と翠は真っ直ぐ家に帰り、そして俺の部屋で寛いでいた。

 

「宗介は何に出るの?」

タッパ身長あるからバレーとバスケ」

「バスケかぁ……いいな」

「よくないぞ。全力出せないし、気を抜けば本気出そうになるし……間違って出せば大騒ぎだ。やっぱ心置きなく出せるのはお前と二人きりの時だけだな」


 …………聞きようによっては下ネタな感じだな。


「私と二人きりの時じゃなくても、奈々菜ちゃんと藍の前でも出せるでしょ?」

「……だな」


 …………言い回しが言い回しなだけに、相槌打つのも一瞬躊躇ってしまった。


「俺からすれば学校での運動は全部モヤモヤのフラストレーション溜まりまくりで、発狂したい気分だ。バスケなんてやった日にゃ、思わずスリーとかかましたくなる」

「そうなの?」

「そうだろ! 俺だって人の子だ。怒りもすれば泣きもする。我慢だって限界もあるよ」

「そっか……宗介泣くんだ」

「そこ拾う?」

「いつ泣くの?」

「まだ拾うか! ……映画見た時か?」

「最近見て泣いた映画は?」

のあたってる教室……かな?」

「持ってる?」

「そこにある」


 俺は棚からビデオソフトを取り出した。


「見よ」

「今から?」

「そ」


 俺と翠は映画を見始めた。


 ——— 約40分経過……。


「なんか日常風景だけ淡々と描いてて話に山も谷も無い感じだね」

「あぁ、俺はこの辺で見るの止めようと思った」

「うん、確かに止めたくなるね。でも泣いたんでしょ?」

「まぁ、我慢して最後まで見てな」

「うん……」


 翠は、黙って画面を見つめる。


 ——— それから40分後……。


「あれ? 定年退職? これで終わり?」

「まぁ、映画はエンドロールが上がりきるまでが映画だ。最後まで見るべし」

「うん……」


 ——— それから20分後……。


「——— ズズッ……グジュ……ズズズー……」

「はい、ティッシュ」

「……あじがど……ズビ——— ……ズズ……」

「どうだった?」

「いがった……ひざびざにないだ……ズズー……」


 翠の顔は涙と鼻水でグチャグチャだ。


「これ、最後……何? こんな……涙がどばらない……ズズー」


 最後の最後で泣く心構えも無く突然涙腺がぶっ壊れる。本当に『秒』で感情が爆発する感じだ。

 『真の涙腺の崩壊』を体験したい人には超お勧めの作品だ。但し、ノンストップで最後まで見ないと崩壊しないので悪しからず。


 暫くして翠も落ち着き、話はクラスマッチの話に戻った。戻るにしても約二時間の……長いな。


「で、翠は何に出るの?」

「卓球とバレー」

「選んだ理由は?」

「屋内だから」

「なる程」


 外を見ると雨が降っていた。夕立だ。奈々菜達はまだ部活から帰ってきて無いが……ま、傘も持ち歩いてるし大丈夫だろう。



 ※  ※  ※



 ——— 部活も終わりかけの頃、突然の雨が降り出した。屋外の部活は急いで道具を片付け、そして皆、建物の中に避難した。

 今は九月。暦の上では秋になるが、気温は連日三十度を超え、季節はまだ夏真っ盛りだ。

 女子部員は部室で着替えていた。


「下着まで濡れちゃったよ」

「汗で濡れてんだか雨で濡れてんだか分かんないね」

「ま、換えは有るけどね」 


 部活後、汗を掻くので下着の換えは皆必須で持って来ている。

 皆それぞれに着替え始めるが、漫画やアニメのように下着丸出しで着替える子は稀だ。普通は服の中でモゾモゾ下着とか変えたりする。女子ながら思う。上手いもんだ。


「しかし、最近雨凄いね」

「ま、少しすれば止むでしょ」


 ——— 着替えも終わって部室で雨が止むのを待つ。すると少し小降りになって来た。


「じゃ、私達帰りまーす」

「お先ー」


 少しずつ家路に着く者が出始める。

 私と藍は結構のんびりしていた。気付けば最後になっていた。


「じゃ、真壁さん達、鍵、職員室に宜しくね」

「はい、分かりました。お疲れ様でした」


 部室から出ると雨は小降だがまだ降っていた。雰囲気的に止みそうだが……。


「あー、なんかこの雨、止まないみたいだよ」

「なんか止みそうだけどね」


 藍のスマートフォンを覗き込む。画面には雨雲のレーダーが映し出されていたが、画面全部が水色になっていた。

 私は徐にリュックに手を突っ込み、傘を取り出そうとカバンの中をまさぐるが、手は傘の存在を拾ってくれない……あれ? 当然カバンの中を覗き込む……傘の姿はそこには無かった。

 こんな時は同じ帰り道の藍に期待を寄せるわけで……。


「藍、傘ある?」

「うん、無いよ♪」


 ここから校舎の昇降口まではちょっと距離がある。

 私と藍はカバンを頭にかざして走って昇降口に向かった。すると、成宮と滝沢君が二人、昇降口に立っていた。


「あれ? 真壁っちまだ居たんだ?」

「居ちゃ悪い?」


 コイツを目の前にすると喧嘩腰になってしまう。彼はただ聞いてるだけなのに……偶に反省せざるを得ないのが腹が立つ。勿論自分に対してだ。


「傘は?」

「何だっていいでしょ!」

「忘れたの? だったら俺のココ、若干のスペースあるんだけど……」


 成宮はそう言いながら傘を刺し、自分の左側を右手で指し示す。


「誰があんたの傘に入るの!」

「え? 真壁っち」

「誰が入るか! 藍、ここで待ってて、職員室に鍵置いてくる」


 ——— 私は職員室に鍵を戻し、昇降口に戻ってくると、そこには藍と滝沢君の姿は無く、成宮が一人傘を持って佇んでいた。


「あれ? 藍は?」

「廉斗と仲良く相合傘で帰ったよ」

「はぁ? あの子何やってんの! そんなとこ見られたら滝沢君が周りから何言われるか……」

「大丈夫。アイツら教室でも結構仲良く話てるみたいだから」

「え? そうなの? 私そんな話聞いてないよ?」

「専らテニスの話ばっかみたいだけどな」

「なる程……じゃないわよ! 何? これ私とアンタ二人で相合傘で帰れって? 冗談じゃないよ! だったら濡れて帰って風邪引いたほうがマシだよ!」


 私はそう言い残し、昇降口を出ようとした瞬間、成宮は私に開いた傘を無理やり握らせ、「貸す」と一言言い残して走って校舎を出て行った。


「な……ちょっと成宮! 何これ!」


 成宮は振り返る事無くそのまま走って去って行った。

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