叛逆のケツァルコアトル ~断罪のアンフィスバエナ2~

東雲ノノ

プロローグ


 何故こうなってしまったのか、わからない。

 ある日突然光に包まれたと思ったら、この世界へと飛ばされていた。今まで暮らして来た場所から強制的に引き離され、家族とも仲間とも離れ離れになり、自分は孤独になった。

 身体中を鎖に繋がれ、杭を打たれて身動きが取れない。助けを求める悲鳴は、聞く者がいないと悟ると次第に失せて行った。

「すまない。もう少しだけ我慢してくれ。こんなのは間違ってる。きっと君を自由にするから」

 時折イーヴォ・アコンニエミが姿を見せ、涙を流しながら繰り返す。傷を負った自分を柔らかく撫で、傷口に頬擦りをしながら口付けた。

「諦めろ。お前は一生をここで終えるんだ。そういう運命だ。お前の血肉は、俺達の為にある」

 時折ヨーナス・アコンニエミが姿を見せ、蔑みを含んだ視線を向けながら自分を蹴った。拘束具の鍵をチェックし、眼球を覗き込んで脱走を目論んでいないかを確認する。

 二人の男は漆黒の髪に褐色肌の、全く同じ顔をしている。だというのに性格は真逆で、投げられる言葉も正反対で、別の存在だと分かっていても混乱した。


 全身から力が抜け、思考が鈍って来る。

 最後には、ただ頭の中で同じ言葉を繰り返すだけとなった。

 助けて。


 * * *


「今、何か言った?」

 客人の一人がふと顔を上げて頭を巡らせると、もう一人の客人が首を傾げた。

「いや、何も言ってないが」

「あ、そう? ……何だろうな。耳鳴り?」

 言いながら耳朶を自身の指先で抓み、軽く笑う。それを見て目を細める男に、イーヴォ・アコンニエミは客人を気遣う台詞を発した。

「慣れない気候と、長旅の疲れが出ているんでしょう。今日は、お部屋に案内した後はご自由にお過ごし下さい。堅苦しい話は明日からで」

「ああ、そうさせてもらおう」

 鷹揚に頷き、腰までの波打つ髪を揺らす偉丈夫が、同行者である眼鏡の少年の細い肩に手を置いた。

 髪の色は二人ともが漆黒だが、体格の違い、顔立ちの違いからして兄弟には見えない。家族間のものとは微妙に違う空気も感じ取れ、失礼だとは分かっているが、そういう関係なのかと勘繰ってしまう。

 とはいえ、二人が交わす視線には間違いなく愛情が込められており、立場を利用して無体を強いている、という風には考えられない。

 詮索はこれくらいにしよう、とイーヴォは胸中で頭を振って、二人の客人に微笑んだ。

「ここは暑いでしょう。ささやかながら、我が国の着衣も用意させて頂いていますので、どうぞお召しになって下さい」

「ありがとう」

「あ、ありがとうございます!」

 やはり頷くだけの大男とは対照的に、少年はぺこりと頭を下げて満面の笑みを浮かべる。

 ルデノーデリア王国から来た『執行人』、アレクサンダー=ダクマルガ・ヴォルフ。

 その付き人であるアオイ・コガ。

 腹芸の出来なさそうな人の好さが、表情からでも分かる。

 だが、油断してはならない。『アオイ』という名の少年はともかく、アレクサンダーという男は、身の内に召喚獣『双頭の蛇アンフィスバエナ』を飼っているのだから。



■プロローグ:終

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