タヒにたい俺と、生きたいボク
来世は動物園の動物になりたい
第1話タヒにたい俺
ガタゴー ガー
「次は〜次は〜五反田〜五反田、お出口は左側でーーー」
渋谷まであと4駅。あと7分くらいだろうか。あと少しで俺は楽になれる。
あと少しで死ねる。
俺が死のうと思ったのは最近のことでもない、かねがね、思ってきたことだ。
13歳、当時、中学一年生の頃、俺はいじめを受けた。きっかけは、取るに足らない喧嘩だった。悪いのはお互い様で、俺も相手も引き下がらなかった。そして結局、俺はその子に謝ることができなかった。そのとき謝れていれば、こうはならなかったのかもしれない。
だが、後悔してももう遅い。
結局、その喧嘩で相手の子と不仲になり、時々その子から、ちょっかいをかけられるようになった。俺はその頃、まだ中一、ちょっと前までランドセル背負ってたガキということもあって、精神的に幼かった、それゆえ、ある日いつも通りにちょっかいをかけられた時、俺は耐えかねて少し泣いてしまった。
それが面白かったのだろう。その日を境に、いじめは始まった。
いじめはすぐにヒートアップし、いじめに参加する人も2人から5人、5人から10人と増えていった。一度、先生に相談し、相手の子たちから謝罪を受けるに至ったが、それは形だけで裏では、いじめが続いた。先生に相談したことで、かえっていじめは加速した。
うちの中学校にはクラス替えがなかった、それゆえこれが3年間続くと思うと、どうしても耐えられなかった。
中学2年生になるのを前に、俺は不登校となった。
不登校1日目、親から事情聴取を受ける。が、仮病を盾になんとか乗り切る。
不登校3日目、流石に仮病がバレ、事情を話す。
いじめのことを親に話しているときは、体の中から膿が出ていくような心地で、気が楽になっていった。
そこまでは良かった。
事情を聞いた親は俺を優しく抱きしめ、
「お前は強い子だ、いじめなんかに負けないで学校へ行くんだ。私からも先生に
言っておくから。学校へ行くんだ」と励ましじみた言葉を吐いた。
僕には、これが励ましとは思えなかった。ただ優しく包み込んで、
「辛かったね。今は休もっか」とだけ言って欲しかった。
その日から俺は親を信用できなくなった。
不登校から一ヶ月が過ぎた。親は、毎朝、馬鹿の一つ覚えかのように「学校へ行きなさい!」とだけ言う。そんな中、唯一の味方が2歳年下の妹、由花だった。
由花だけは俺に優しく話しかけてくれたし、励ましてくれた。
俺はどんどんシスコンになっていった。それでも、生きているのは辛かった、次第に俺は、生きていることに楽しみを感じられなくなった。
不登校365日目、親は部屋の前にご飯を置くだけになった。
もう「学校へ行きなさい」、という怒声は無い。ただただベッドに寝転び、テレビを観る、平坦な日々。こんな俺にも話し相手はいる。妹の由花だ。毎日、学校であったことを楽しそうに話してくれるし、昼ドラがドロドロで面白いことなどを話してくれる。
最近では担任の先生が不倫で離婚したらしい。
妹はどんどん、ませているようだ。
不登校1000日目、親は相変わらずご飯を置くだけだ。日常会話はほぼ無い。
一日中ベッドで寝続ける日々、テレビをつけないことも増えた。こんな俺にも話しかけてくれる人はいる。毎日、部屋の前で呼びかけてくる由花。でも俺は話し返さない。
嫌なのだ。無性に。こんな醜い自分を、大好きな妹に見せることが、どうしても。
最近はどうやって死のうか考えている。だが、最後に何か、こんな俺でも人の役に立ちたい、という気持ちが残っているのだ。
そこで思いついたのが臓器提供だった。
まずどこか人目の付くところで死に、早く死体を見つけてもらい、臓器提供意思表示カードを持っておくことで、臓器提供をする。という計画だ。これならば、俺の死にたいという欲求と、人の役に立ちたいという願望を両立できる。
となれば、実行するのみ!
この考えを思いついた日の次の日の午前4時、里の手線、五反田発の始発に乗るため、家を出る。目的地は渋谷の809である。
そして現在に至る。
「五反田〜五反田、ご乗車ありがとうございました。」
あと3駅か。刻々と死に近づいている。唯一、心残りがあるとすれば、それはやはり由花のことだ。もっと、話しておけば良かった、さよなら、も言えてない。最後に「愛してる。」と言いたかった。
一度考え出すと、後悔が溢れてくる。
こんな搾りかすのような俺にも、後悔が残っていたことに、驚き、少し嬉しく、悲しかった。もう引き返せない。乗ってしまったのだから。
さて今世の俺の死に場所、809について説明しよう。
809は1950年創立、今年で丁度、創業70年の老舗だ。破格の24時間営業の商業ビルで7階建て、屋上も開放している。
そう屋上である。そこが俺の死に場所だ。
「ーーー渋谷〜渋谷、ご乗車ありがとうございました」
もう、着いてしまった。やっぱり五反田からだとすぐだな。
電車を降り、エスカレーターに乗る。長いエスカレーターを降りれば、だだっ広い、改札フロアに出る。いよいよ渋谷に繰り出すわけだ。さすが渋谷、早朝4:30にもかかわらず、人が割といる。だが、まあ俺が落ちる隙間くらいはある。
少し歩けば809の前にすぐ着いた。仰々しいドアを通れば、
これまた仰々しい施設内。
いつぶりだろう、こんな大仰な場所へ来たのは。
たしか、まだ引き篭もる前、中学の入学直前に809へ来た。
思い出した。由花と母さんと3人で来たんだ。由花がはぐれて大変だったなぁ。
当時の温かな気持ちが湧き、心が傷む。
あの時くらいから、由花との仲がより深まった気がする。
由花。
後悔はしていない、進むだけだ。
エスカレーターとかエレベーターを使って屋上へ行くのは、何かこう余韻が無いので階段を使うことにした。
コツコツと、臓器提供意思表示カード片手に、階段を上がっていく。
自殺の方法に転落死を選んだ理由は、ただ楽そうだからだ。
他の方法の方が人に迷惑が掛からないかもしれないが、そんなこと気にする余裕はなかった。ただただ早く、楽に、逝きたかった。それだけだ。
屋上へ着いた。この時間ゆえか、屋上には人がいない。いよいよだ。深く深く呼吸をする。
屋上の端の塀をよじ登り、下を見る。高い。もう一度深く息を吸う。人が下にいないのを見計らって、 今だ!
地面に背をむけ、勢いよく跳び立つ。
見えるのは太陽が昇りかかっている、橙色の綺麗な空。
高さ40mから落ちていると言うのに頭の中は驚くほどクリアだ。
走馬灯なんて見えやしない。
耳には風の切れるヒューという音が聞こえるだけだ。
そんなことを感じてる間に、そのときはやってくる。
ドッ、と鈍い音と共に、一瞬、耐え難い激痛が体中を駆け巡る。
近くにいた人がこちらに気付いて駆け寄り、体を揺さぶる。
「大丈夫ですか!大丈夫ですか!」とバカのひとつ覚えに僕に呼びかける。なんて優しい人なんだ。
そんなことを横目に僕はただ、空を見ていた。綺麗だった。
死ぬ前にこんな景色を見れてよかったと思う。ここ数年で初めて心が揺さぶられた気がする。
次第に意識が遠のいていく。
ちゃんと俺の臓器は生きたい誰かの元へ届くのだろうか。
それに由花、 幸せになってくれ。
もう..何も見えない、感じない。
「...きたい..生きたい..僕は.」
最後に聞こえたのは若い男の声だった。
ふと、目が覚める。
目に写るのは見たことのない天井。
どういうことだ、ここは天国なのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます