理不尽オブ理不尽
「いや無茶苦茶だなこいつ」
俺はルンヤ平原を抜けて《シダーウッド》と呼ばれる森林地区に足を踏み入れてレベリングをしていた。
レドブルが言った通り、討伐手帳と呼ばれる指定されたモンスターを討伐することでボーナス経験値がもらえ、いまではレベル25と開始して二時間でかなりレベルが上がっていた。
現在の時刻は午後8時。LWOは現実世界と時間を同期しているため、向こうの世界も夜中となっているがこちらの世界は夜中と言っても真っ暗ではなく、明け方ぐらいの明るさが常に保たれている。
ゲームの都合上のことを考えての処置だろう。おかげでこんな時間でもモンスターを見つけて狩ることができる。また夜になると敵MOBの出現パターンも変動し、夕方では見なかったモンスターがポップしており、現在進行形で戦っている〈骸骨の剣士〉もその一体だ。
身長二メートルはあるその体は不気味な青い燐光を纏いし人骨で、自分の背丈ほどある大剣を引きずりながら移動しており、当然ながら筋肉などないくせに物理法則を無視した攻撃をしてくる厄介な敵だ。
骸骨の大剣が青い残光を引きながら、垂直に打ち下ろされる。幸いにも攻撃の予備動作が大きいため避けるのは容易だった。バックステップで回避すると、すぐさま詠唱を唱え、攻撃を仕掛ける。
基本魔法である〈ストーン〉。形成された岩の塊が直撃し、よろめくと立て続けにアビリティ、〈バイオ〉を発動。濁った緑色のエフェクトが骸骨にまとわりつき内部に入り込む。効果は30秒の間に継続ダメージを付与するものだ。
ちなみに魔法とアビリティは別物で、魔法発動後はやく2.5秒間の待ち時間がある。これをGCD(グローバルクールダウン)といい、魔法または近接職業が使用する武器スキルに共通するもので使用後は全ての魔法、武器スキルをまたいで共有されるリキャストタイムである。
その隙間時間にお試しで本で殴ってみたりしたが流石回復職。物理攻撃はてんでダメで、すべて統一で1ダメージとなっておりもっさりとした戦闘だなと最初は思っていたが、レベルが上がって覚えたアビリティの存在が大きかった。
アビリティはGCDに縛られないため魔法、もしくは武器スキルを発動後にアビリティを挟むことで無駄なくアクションをおこなうことができ、戦闘においてはこのスキル回しが大事になることが分かった。
しかし回復職のためか覚える魔法もアビリティも回復、味方をサポートするものしかなく、現に今まともに攻撃できる技は先ほどの〈ストーン〉と〈バイオ〉のみで、やはり真価を発揮するのはパーティ―を組んでからなのだと実感した。
体勢を立て直した骸骨が構えをとると俺の視線の中に赤い線の軌跡がうつしだされた。まずは上段からの斬りつけから、下からの切り上げ、そして最後は袈裟切り。
可視化されたこの警告色のようなものはレドブルが言っていた〈予測線〉だ。モンスターがスキルを発動させた際に起きる戦闘補助システムとなっており、初心者でも戦闘に馴染みやすいように考案されたものだ。予測線は攻撃の種類によってその形は様々であり、相手が魔法を使うのであればどこに着弾するのか、範囲攻撃なら地面が赤く表示され、指定攻撃ならアラーム音が鳴るといった様々な工夫がされている。
詰めてきた骸骨は予測線の通りにスキルを発動、俺は予測線の補助もあったおかげか難なく躱して最後の袈裟切りをかわすと再び距離を取って〈ストーン〉を唱え、じわじわと相手のダメージを削っていく。
俺が剣や盾を持っていればパリィからの追撃などできるのだが回復職業で尚且つ詠唱をメインとするジョブではこの地味な戦い方が基本になってしまう。敵のHPバーも残りわずかとなり、瀕死状態になった骸骨に引導を渡すため最後に唱えた魔法が骸骨の顔面を直撃。
頭蓋骨が勢いよく宙に舞うのと同時に、残った体が糸が切れたように乾いた音を立てて崩れおちた。
「ふう、そろそろ町に戻って装備の更新をしてもいいな」
戦利品を整頓する前に一度町に戻ることにする。ここまでモンスターとの戦いばかりで碌に装備更新もしていないため効率が落ちてきたことを感じたためだ。
今から装備更新してもちろん朝までやる。明日は大学の講義もないためやりたい放題だ。
「よーしレドブルが返ってくる頃にはレベル50を目指すぞ!慣れてしまえばこっちのもんだ!んがははっ!」
この時、俺は純粋のこのゲームを神ゲーだと思い、楽しんでいた。はっきり言ってハマっていたといってもいい。
他ゲームで培ったプレイヤースキルさえあれば余裕だと舐めていた。
「お、流れ星」
何気なく見上げた夜空にちりばめられてた星の煌めきを切り裂くように真っ白な線が見えた。
思わず、手を合わせて年甲斐もなく願い事をしなきゃと童心に駆り立てられた。真っ先に浮かんだのが『あほみたいに強いモンスターと出会えますように』という某格ゲー主人公と似たようなお願いだった。
なにせ現在進行形でハマっているMMORPGが少しだけ物足りないと感じてしまったからだ。予測線もそうだが初心者をサポートする補助システムもあってレドブルがログアウトしてから被弾率はゼロ。元々、体全体を動かすフルダイブ型VRゲーム慣れしているのも相まってゲーム界隈では俺は常にランキングの上位にいたりとゲーム界隈では有名なプレイヤーだ。
「お?なんかあの流れ星止まってねえか?」
目を凝らして夜空を見ていると奇妙な点に気づく。流れ星といっても現実世界のように閃光のようにすぐに消えてしまうものではなく、ゆっくりと流れていたためゲームの仕様かと思っていたが天をも切り裂く閃光は上空にとどまり徐々に大きくなっていることに気が付いた。
「っ!」
こっちに近づいてきてる!?
気づいた時には走りだして森の茂みに入る直前に背後から聞こえた轟音と共に背中にぶつかった爆風に後押しされて顔から地面に激突した。
舞う土煙、微かに辺りに漂う焦げ臭い匂い。辺り一面の地形は変わり、小規模なクレーターがその場に生成され、その変わりように唖然。
そして土煙がおさまりつつある中心から、この光景を作った張本人の影が月光に照らされながら姿を現した。
この時、俺はこのゲームの本当の姿を目の当たりにしたのだ。
『《超越種 スレイプニヒル》と遭遇しました』
小さな電子音と共に俺の視界の端に半透明の矩形が出てくるとモンスターの名前が表示されていた。
「スレイプニヒル……」
見上げるような体躯に馬のような胴体には八本の脚、首から上は人の上半身をくっつけたかのような姿はケンタウロスを彷彿とさせるがその見た目は禍々しく、全身を漆黒の鎧に身を包み、右手には円錐型の持ち手以外の部分は螺旋状にいくつもの折り重なった漆黒の帯が怪しく紫色に揺らめき、左手に持った堅牢な盾はシンプルなデザインで全体的に調和がとれており、一目でそのモンスターが今まで戦ったモンスターとは異質の存在だと俺のゲーマー的直観がそう囁いていた。
逃げる。その選択肢が真っ先に思い浮かびあがった。
理由は相手のレベルだ。表示されているモンスター名の横には150と書かれた絶望的な数字にただ乾いた笑いしか出てこなかった。
「おいおい、レベルキャップは70じゃなかったのかよ限界突破しちまってるじゃねえか……」
デジタルデータで構築されたこの世界だがその存在からは妖気が沸き上がっているように感じてならない。
そう呟いた時、突然漆黒の騎士が後ろの四本の脚で器用に立ち、長いランスを天に掲げて轟くような雄たけびを上げた。
周囲の木々が激しく揺らめき、びりびりと振動が地面を伝わってくる。顔は鎧で隠れているがその隙間からのぞかせた赤い眼光が俺を見据えて真っすぐこちらに向かって、地響きをたてながら猛進し、寄ってきた。
「……レベルハンデ120オーバー、AGI判定による逃走も不可……」
プレイヤースキル以前に装甲もそうだがまず攻撃が通らないことが絶望的なまでのレベル差を前に突き付けられる。
相手の弱点部位によるクリティカル補正もあったとしても鉄板に爪楊枝をぶつけるが如く無意味な行為は馬鹿でもわかる結果だ。
おそらくマルチ推奨のボスであることは目に見えてわかっている。しかし俺は他ゲームでもマルチ推奨のボスに戦いを挑む無謀者だ。無理だとわかってあきらめるのはゲーマーとしての本能が邪魔をし、腰に装着していた魔導書を展開して迎撃の構えを取っていた。
「やってやるよ!これぐらいの理不尽を俺は待っていたんだ!」
今、俺は最高にこのゲームにのめりこんでいた。初期装備で明らかに勝利の見えない相手に挑むのはゲーマーの本能ッ!当たって砕けるまでがセットのゲーマー魂じゃい!
刹那、一本の予測線が自身の胸に出現した時にはすでに左腕がなくなっていた。
「んあ!?」
回避したはずだった。胸の予測線が出てすぐに右に回避したが、結果としては自身の左腕がポリゴンの欠片となって地面に鈍い音を出して落ちていた。
微かに見えた紫色の軌跡が横を通り過ぎ、体力はすでに残り1パーセント。ステータスの幸運によってたまたま体力が残ったがまともに喰らっていないにしても全てが即死級なのだと再認識した。ボスはその場で見下ろすようにこちらを捉え、スキル発動後の硬直時間に俺はすぐさま学者のスキルである召喚術によってフェアリーを召喚。自動的に任意のプレイヤーに対して継続的な回復を施してくれるスキルだ。
「約3フレームっていったところか?めちゃくちゃだなおい」
治療をしつつ先程の攻撃を分析する。突きが出る瞬間に見えた予測線が出たということは相手のスキルに間違いはない。予測線も一瞬しか映らないため視認はおろか、ノーモーションで繰り出されるってのもバカげている。
相手もまさか先ほどの突きで生き残ると思っていなかったのかヘルムの隙間から見える眼光が驚きで揺らめいたように見えた。
「まだ俺は倒れてねえぞ!もっとこいや騎士さんよ!」
自信を奮い立たせるように俺は声を荒げて挑発をした。
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どれほどの時間がたっただろう。
攻撃をすんでのところで回避をしつつ、数少ない攻撃手段で攻撃をしても相手の体力は減ることはなく、DOTのバイオに関しては発動してもレジストされてしまい、レベルの壁を恨んだ。
「だあああもう!無茶苦茶すぎるだろ!」
思わず声をあげて毒を吐いた。
目の前に佇む理不尽の権化のような騎士は再びランスを構えて攻撃を開始する。突き、薙ぎ払い、振り下ろし、前足による踏みつけなどがこいつの主な攻撃手段となっており、もうすでに時刻は23時を過ぎていた。
集中力を要求される魔法、およびスキルは連発しすぎると精神的な消耗が早まる。戦いの中で新たに発見したことだがもうそんな悠長に考える余裕は俺にはなかった
はっきり言って、とてもじゃないが俺が今挑むような相手ではない。けどこれでいいのだ。
これこそ俺が求めたゲームの姿なのかもしれない。プレイヤースキルではどうすることのできない理不尽な壁こそ俺が求めていたものだ。
「……」
漆黒の騎士に変化があった。ランスを天高くつきあげると、その周囲に時空が歪みエネルギが集約していく。ドリルのように回転するランスの周りには黒い稲妻のようなものが迸り、大技が来ることを予期した。
すぐさま回避と思考した時に視界が真っ赤に染まった。何かのバグかと思ったが違った。辺りを見渡すと全てが真っ赤に染まり、この周囲全てが予測線なのだと気づいた時にはランスの先がこちらを向いていた。
「無茶苦茶だぜおい……」
俺はもうすでに回避をあきらめて両の手を広げていた。
「俺の負けだ!」
満面な笑顔で高らかに負けを認めて潔く攻撃を受けることにした。
ラノベや漫画のように主人公が覚醒したり、強力な助っ人が着てくれたりといった胸熱な展開なんてそうおこるはずもなく、ただ無情に現実が突き付けれた瞬間だった。
「おい……見ているか!製作者よ!」
最後に声を荒げて叫び、スレイプニヒルを指さす。
「今日から俺の目標はお前を倒すことだ!たまんねえよ!マジ理不尽!けどな......必ず強くなって仲間と討伐しに来るからな待ってろよ!」
ストーリーはこの際どうでもいい。必ず倒すとゲーマーとして誓った。
目をつぶり、撃ち放たれる攻撃を待つが一向に来ないことに疑問を覚え待っていると、
「……久シク見ヌ好敵手ヨ。名ヲ聞コウ」
「え?えっと……トウジです……」
ヘルムの下から聞こえた声に思わず戸惑いながらこたえてしまった。
「トウジ……デハマタアオウ」
「いやお前喋れるんかーい!」
そんなツッコミがかき消されるように漆黒の竜巻状の衝撃波が辺りを飲みつくすように放たれた。
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