ロストワールド・オンライン
少納言
失われた世界
大海に浮かぶ大陸、そしてその中央に根を張る黄金の巨木。
それがこの世界のすべてだ。
公式で発表されたこの大陸の広さはおおよそ514平方キロメートル、屋久島がすっぽり入ってしまうほどの大きさで、これ以上にアップデートなどでエリアを拡大するというもんだから漠然とした広大さは想像を絶する。
また大陸にはいくつかの都市国家と、多くの小規模な町、村、森に草原、湖に海が存在する。
そしてファンタジーならではのダンジョンと呼ばれる怪物がうろつく迷宮も存在し、発見し踏破することは個人の自由だが一人ではクリアできないように設定されているのがこのゲームだ。
仲間と協力し、未踏破ダンジョンを突破するとボーナスなどももらえたりと、ゲーマーの心をくすぐるモノとなっている。
そのようにしてこのゲームは発売されて一年で同時接続者数100万人を突破した誰もが認める神ゲーとなった。
しかし発売からしてから一年、いまだに超越種と呼ばれるゲーム内でも最強と謳われる強力なモンスターは倒されることはなかった。
誰も何も知らず、ただのうのうと生きているだけでこのゲームの本当の姿を知らなかったのだ。
大陸の名は《リーヴスラシル》。またの名を———
《ロストワールド・オンライン》。
―― 第一章 ――
連続で飛んでくるいくつもの予測線を見極め、俺を含めたパーティーメンバ―の4人はギミックの処理に集中する。
古代の民が残した人造模倣兵器『オーディン』は高さは三メートルはあろう人型の体躯に、右手に持っている人工的な機械部分が残る槍は近くに寄ってきた相手に対し、薙ぎ払い、突きが主な攻撃手段で、遠距離で戦う相手には魔法での攻撃となっているため予測線が出る前の予備動作で躱すことや、防御することが可能だ。
無論、被弾してしまえば防御力の低いヒーラーやアタッカーはすぐさま地を這うことになる。
だが被弾してもここで見せ場があるのがヒーラーである俺の職業だ。
味方のミスをカバーし、回避不可の全体攻撃にはあらかじめ詠唱を始めて、ダメージをもらったと同時に発動させるように時間を合わせる。
しかし、初見ボスゆえのギミック処理にもたつき、かれこれ10分続く戦闘に焦りを感じていた。
視界の端に表示されるパーティーメンバーのHPバーの体力は満タンだが、いくつものギミック処理をしくじったタンクのレドブルは『被ダメージ増加』のデバフが重ね掛けされ、装備している盾でパリィをしても体力の四分の一が削られ、強攻撃をまともに喰らえばHPはゼロになり、盾がいないと残るは低耐久のアタッカー2人とヒーラー1人とではパーティーは壊滅し、貴重な時間とデスペナルティとしてアイテムと所持金の一部ロストが確定する。
このVRゲームにおいて『死』というのはゲームをしている者にとって最悪の事態だ。
離脱できるのならそうしたいのは山々だが、ここはインスタントダンジョンと言って一時的に生成された空間であり、安全な場所への転移ができない仕様となっている。
レドブルがオーディンの薙ぎ払いをうまく盾で弾くと大きく態勢が崩れ、すかさずパーティーメンバー全員で総攻撃をたたみかける。
ナイトであるレドブルは右足を踏み込み、がら空きになった胴にナイトのWS《ウェポンスキル》を叩き込む。それと同時に剣が淡い光に包まれる。
袈裟切り、刺突、回るようにジャンプしては回転を生かして勢いを付けた水平切りとナイトの基本三段コンボを浴びせ、オーディンの背後に回ったシノビという職業のアルファは分身の術を使い、近距離最高火力のコンボ叩き出し、負けじともう一人のアタッカーのキサラギも《乱れ猪鹿蝶》と呼ばれる大技につなげる攻撃を始めた。
俺の愛用している武器は魔導書であり、一般的には魔法と呼ばれる詠唱を介して攻撃をしなくてならない。といっても回復とサポートがメインの仕事である俺は継続ダメージの更新と最初に覚える土属性魔法である『ストーン』と呼ばれる岩の塊を発射し、攻撃に参加する。
ヒーラーが攻撃に参加するかしないかで様々な局面での戦闘は大きく変わる。
そして態勢を立て直したダンジョンボスであるオーディンのHPバーはのこり20パーセントを切った。
ここからはボスギミックが変わることを考慮して動かなければならない。
今のところの攻撃手段は割れているため、あとは全員の集中がもち、尚且つギミックをミスしなければ問題ないがここでオーディンのとった行動は未だ見たことのないギミックだった。
画面端には秒数がかかれ周囲には分身した槍が地面に突き刺さり、その槍にHPバーが表示された。その数七本。
オーディン本体は両足を大きく広げて両手を合わせ、フィールドの真ん中で詠唱を始めていた。
「槍を壊すんだっ!」
俺の声に反応し、すぐさま全員で一つずつ槍を壊していく作業にとりかかる。
軽減ギミックと呼ばれるボスが大技を使用する際の制限時間内に設置された大技に媒介するものを破壊することでダメージを抑えるギミックだ。
他のダンジョンでクエストで経験していたことがここで功を奏した。これを破壊してあとは従来通りにダメージを与え続ければ終わりだ。そのはずだった。
だが、その異変に気付いたのは二個目の槍を壊し、三個目の槍に取り掛かろうとした時、味方のHPバーの横にあるデバフの一覧が増えていることに気づいた。
そこにはいつのまにか先ほどまで自分にはついていなかった被ダメージ上昇のデバフだ。その合計数は2と書かれており、一つ増えるごとにダメージが増えるのは承知だがいつの間に……そうか!
あの槍を破壊すると全員にデバフがつくのか!?くそったれ――。心の中で毒づき、すぐに槍の破壊を止めるように指示を出す。
今まで経験したギミックと同じだと安心した俺が軽率だった。すでについたデバフは残り55秒と効果時間がかかれており、はっきり言って俺のヒーラーが持つダメージ軽減スキルを駆使しても助かる見込みはゼロだ。
すでにつけられたダメージ増加デバフと軽減スキルの計算方法は異なるためどうしてもダメージのほうが多くなり、タンクであるレドブルはダンジョンに一度だけ使用できる無敵スキルを使えば耐えれるかもしれないが俺含めて他3人が耐えることができないため実質全滅のようなものだ。回復もできないヒーラーがいなければタンクなんてただの硬いだけの存在だ。
「どうするトウジ!」
緊迫した状況にレドブルが指示を仰ぎ、他のアタッカー二人も不安げな表情で俺に視線が集まる。
残り10秒。残された時間はなく一か八かの策に出る。
「レドブル!俺に『カバー』のスキル!その後、無敵スキル展開。二人はジョブスキルの『牽制』を入れて少しでもダメージを減らすんだ」
「「「了解!!!」」」
すぐさまレドブルは言われたとおりにトウジにカバーと言われる味方のダメージを肩代わりするスキルを発動し、トウジとレドブルが線と線でつながれた白色のエフェクトが出たの確認後、アタッカーの二人がボスに対し、手を突き出して相手の攻撃力を10パーセントダウンさせるデバフを発動。
画面の右端に出たボスの大技発動までの時間が残り1秒といったタイミングでレドブルは無敵スキルを発動させた。
「インビジブルっ!!!」
レドブルが天高く盾を構えると白色の光がレドブルから発せられ薄い光の保護膜が彼を包み込み、ボスの詠唱が完了。
大技が発動した。
「七ツノ、カギヲモテ万物ヲ突キ穿テ『グングニル』!!!」
機械的な声と共に地面に突き刺さっていた槍が光を放ち、天まで上ると、次元の壁が割れた。
その隙間から巨大な光の槍がすさまじい勢いで螺旋しながら、俺たちが戦っているフィル―ドに叩き込まれた。
地形は変わり、先ほどまで緑いっぱいのフィールドから荒廃した背景に変わったと同時にボスは声を荒げた。
「ナニ!?」
土煙がたちこむ中、ボスはまっすぐ土煙の中にいるレドブルに接近し攻撃を仕掛けてきた。
「無敵時間残り三秒だ!」
「大丈夫だ、なんとか溜まった」
パーティーメンバーの状態はアタッカー二人がダウン、タンクも無敵スキルがきれれば、被ダメージ増加のデバフが現在6という悲惨な状態で攻撃は耐えれないことが確定している状況下でもトウジは勝利の活路を見出した。
「『
トウジがそう唱えるとフィールド一面が光に覆われ、倒れたはずのアタッカー二人が復活し、全員の体力が全て回復した。
四人パーティー時のみ使える大技、『エクセプショナル』。他の職業でも使うことは可能だが役割によって効果は様々だ。
発動には一定時間たつか、もしくは味方のダウン数に応じて発動までの時間が短縮される強力なスキルであり、もちろん1ダンジョンでは一度しか使えないため使いどころが重要だ。
「すまん落ちる!」
そう言って無敵スキルがきれたとこに、敵視を集めていたレドブルがボスの攻撃をガードしたところで吹き飛ばされ体力がゼロになり、床に這いつくばった。
いまだピンチは続いており、気を抜かずすぐさま蘇生スキルの発動準備取り掛かる。
今までの戦闘で敵のAIは手堅く効率的に行くタイプだと判明していたため俺に次のターゲットが向くのは分かりきっていた。
それを逆手に取り、予備動作である魔法の短い詠唱が発動される前に横に飛んで回避すると先ほどいた地面に一瞬だけ予測線が見えた後に雷が落ちた。
その隙に背後に移動したアルファが攻撃を加え敵視がアルファに移り変わる。
「おら、もどってこい!」
その刹那ののちに『無詠唱』と呼ばれるアビリティを使用後、すぐさまリザレクションと呼ばれる蘇生魔法を7秒ほどかかる詠唱時間を破棄し、レドブルを起こした。
「すまない!」
蘇生直後は全てのデバフとバフが消える代わりに、体力が5/1の状態で尚且つ、弱体化と呼ばれる普段より攻撃と防御が10パーセントほど低くなる状態異常が付くが、先ほどの被ダメージ増加のデバフに比べればかわいいものだ。
それでもタンクの硬さはパーティー内でも随一のため起こしてすぐに仕事をしてもらう。
「多めにバリア張るから今、敵視取っているアルファとスイッチして」
「了解」
短い返事と共にタンクの共通スキルである『挑発』をすぐさま使用。
レドブルの背後から盾のエフェクトが出ると敵視の順番を最高位のものにし、ボスのターゲットが再びレドブルに向けられた。
「サモン・フェアリー。光の輝き。ルミナス。コンソレーション」
すぐさまレドブルに体力回復と、継続回復、ダメージを軽減するバリアを付与し、再び態勢を立て直した。
そして最後は体勢を崩したボスの顔面に侍の突きが決まり、敵のHPバーが音もなく消滅する。この世界においての消滅が確定した。
壊れた機械的な断末魔と共に両手を大きく広げて、人造模倣兵器オーディンの体は煌めくポリゴン体の破片となって霧散した。
戦闘状態が解除され、画面の端にはドロップしたアイテムが表示されアイテムボックスの中におさまっていった。
俺は思わずそのまま地面に倒れこみ、おなじくその場で全員座り込んだ。
ここは大陸の北端に存在する今は亡き国家の残骸地域に出現したダンジョンだ。
草木が生い茂るなか、赤褐色の古代の残骸がそこいらにあり、建物も老朽化して人、一人は住んでいない無人の地だ。
あるNPCから依頼されたクエストだったがまさか、攻略掲示板にも載っていない初めてのダンジョンだったとは思いもしなかった。
おかげで現在絶賛、未踏破ダンジョンをクリアした優越感というなの余韻に浸っている。
俺は念じるとちょうど胸あたりに、半透明の矩形が現れメニューウィンドウと呼ばれるそれには項目がいくつかあり、装備、アイテム、スキル一覧、などなど様々なメニュ―が並んでおり、一番下には自身のHPバーとEXPバーの順で書かれていた。未踏破ダンジョンだったこともあり、ボーナスとして多めに経験値がはいったため、ほぼゼロの状態だったEXPバーがかなり増えていた。
そして画面を切り替え、アイテムボックスを開くとアイテムが羅列している中でも最後尾にシステムの都合上、新規入手アイテムがそこに来るため確認した。
先程は一瞬しか表示されなかったため再度確認すると、換金用アイテムと武器の素材が書かれており、換金アイテムの『古代の貨幣』と呼ばれるアイテムはそこそこのお金になると明記され、売れば今日稼いだ金でゲーム内で販売されているちょっと高級なポーションと防具のメンテナンス代は余裕で足りるだろう。
パーティーメンバーと盛り上がりながらダンジョンから退出すると、すでに周囲は茜色と群青色の空が混ざりつつあった。目の間に広がる金色に煌めく草原と、森の奥から吹いてくる風は木々を揺らし、当たると少し冷たかった。
俺はふと空を見上げる。見上げるといっても、この空はゲームによって表現された偽りの空だ。
しかし、このこれだけのデータ量を内包する世界を作り上げたゲームが一度サービス終了してわずか一年で最適なプログラム化され、続編として出るだなんて狂気の沙汰だ。
俺が装備しているこの真っ白なローブも、手も、顔も、全てが違和感を感じることのないリアルなものなのだと脳を錯覚させるほど作りこまれている。
最初は渋々だったのにいつのまにか最前線でこのゲームを攻略する日々が続いてこのゲームの虜になっていた。
「おい行くぞトウジ」
「ああ、今行く」
自然と相棒の声に返事し、レドブルが出しただろう乗物に乗り込み、ふとあの日のことを思い出す。
全てが始まったあの日へと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます