第66話 オーガvs熊 開戦

「鈴ちゃん!!」


 聞こえてきたのは女神の声だった。

 でもこんなところで聞こえるはずのない声に、私は一瞬幻聴かと思った。でも――


「阿須……奈?」


「おねえちゃん!」


 彼女の姿は見えないけど、鏡花ちゃんの声で確信する。

 本当に阿須奈が来てくれたんだ……。


「何だ?あれはお前の姉なの――!?」


「鈴ちゃん!!」


 それまで鏡花ちゃんと拳と鎌を交えていた熊が何かを察知したかのように飛びのく。

 そしてこちらへ駆けてくる阿須奈――というシチュエーションのところなのだろうけど――


「鈴ちゃん大丈夫!!」


 阿須奈はまるで瞬間移動したみたいに私の傍に現れた。

 多分駆け寄ってきたんだろうけど、速過ぎてわけが分からないよ……。


「酷い怪我……」


 今にも泣きだしそうな顔で私を覗き込んでくる。


「どうして……ここ……」


「喋らないで良いから!お母さん!!」


 お母さん?一緒に来てるの?

 そんなことを考えていると、全身を温かな光が包み込んできた。

 するとそれまでの全身の痛みが治まっていく。擦り傷も骨折していた箇所も、あっという間に元に戻っていく。


「鈴ちゃん。頑張ったわね。鏡花も無事で良かったわ」


 痛みの無くなった身体を起こすと、優しい微笑みをした阿須奈のお母さんがいた。


「あ、ありがとうございます……」


「鈴ちゃん!!良かった!!」


 堪え切れなくなったのか、阿須奈が号泣しながら抱き着いてきた。

 温かなその感触に、これが夢では無いことを実感する。助かったんだ私……。


「おいおい、お前たちは全員家族なのか?」


 離れた場所からこちらを見ていた熊。

 隙のない警戒心マックスの体勢で構えている。


「お母さんは鏡花のお母さんで、あすなお姉ちゃんは鏡花のお姉ちゃんだけど、りんお姉ちゃんは鏡花のお姉ちゃんじゃないよ」


「……そ、そうか」


 熊はイマイチ鏡花ちゃんの言っている意味が理解しきれてない様子だったけど、これ以上聞いても無駄だと考えたのか、そんな曖昧な返事を返してきた。


「どちらにせよ、とんでもない家族だな……。その母親も――そっちの父親も」


 フロア中央で熊を睨みつけているハイオーガ改め、小鳥遊家の家長たる小鳥遊大我。

 どうやって来たのか分からないけど、どうやらこの場に小鳥遊家の一同が集結していた。


「言葉を話す魔物……お前は魔王か?」


 その言葉に背筋にざわっとしたものが走る。

 魔王。ダンジョンの奥地に生息していると言われているエキストラボスのような存在……らしいと前に阿須奈に聞いたことがある。

 少なくとも小鳥遊家の人以外が出会ったという記録が無いので、人類の認識としては未確認の魔物だ。


「魔王……そうだな。ここではそういう存在になるらしい。フン!一介の冒険者だった俺が王とは大した出世をしたもんだ」


「一応確認しておくが、ここは素直に引いてもらうということは出来ないだろうか?」


「……そうだな。もし出来るならそうしたいと思っていたんだが――今は気が変わった!これだけの強者を前にして戦わないという選択肢はあるまい!!」


 熊の闘気が一気に膨れ上がる。

 反射的に阿須奈を抱きしめていた手に力が入る。


「ならば仕方ない……」


 お父さんもとんでもない闘気を放出し、私の周りの空気がビリビリと震えだした。

 今にも最恐怪獣大決戦が始まろうとしているけど、熊は右腕が使えない分不利なのは間違いない。2人とも私とはレベルが違い過ぎてどっちの力がどのくらいなのか分からないけど、この条件なら大丈夫な気がする。私グッジョブ!

 とか、考えていたんだけどなあ……。


「え……何で……」


 私が砕いた熊の右腕が見る見るうちに回復していく。


「ほお……」


 当の熊自身も驚いているようだ。


「どうやらお前たちが来たことで、ここから新しい戦闘という事になったらしいな」


 まさか……。お父さんが戦う気になったから、倒していなくてもリポップしたってこと!?

 さすがにそれはデタラメすぎない!?


「これで心置きなく全力で死合える!――ウオォォォォォォ!!」


 咆哮を上げる熊。

 金色の光のような闘気が天井を貫くんじゃないかってくらいに放出される。感じる気配はお父さんの闘気を完全に上回っている。

 私、さっきまであんなのと戦ってたの?

 しかも後を鏡花ちゃんに任せようとか考えてた……。

 私は自分の考えがいかに甘かったのかを痛感した。少しくらい強くなったからといって、何とかなると思っていた自分が恥ずかしい。あの時の私の頬を思いっきり鏡花ちゃんにぶん殴ってもらいたい……。

 ……あくまでもあの時の私であって、今の私は殴らないで欲しい!

 そしてお父さん頑張れ!!


「我が名はプーザン!熊獣人族が最強の戦士!!その誇りに賭けて貴様を倒そう!!」


 見た目通りの結構ギリギリの名乗りを上げる熊。

 聞き間違えたら大変な事になりそうだ。


「小鳥遊大我たいが――ただのサラリーマンだ」


 間違ってはないけど、どう考えても腑に落ちない返事をするお父さん。

 普通のサラリーマンはダンジョンで魔王とは戦いませんよ?

 そしてお父さんの闘気も更に膨れ上がり、その金色にも似た光が熊と同じように天井まで到達する。


 2人の姿が一瞬消えたと感じた瞬間――

 互いの拳が中央でぶつかり合い、その衝突の衝撃が凄まじい程の突風となってフロア全体を襲ったのだった。



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