第64話 鈴vs熊 開戦
「とりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私は全力で熊に向かって走り出し、両手で握ったハンマーを力の限り振り下ろす。
――ガン!
手ごたえはあった。
しかしその手ごたえは、殴りつけたとか、振り抜いたとかじゃなくて、何か硬いものを思いっきり殴った時の手ごたえ。
黄色い熊は、その場から一歩も動くことなく、私の渾身のハンマーアタックを左手一本で受け止めていた。
「ほお。良い一撃だ。それに思い切りも良い」
そして涼しい顔でそんな感想まで言いやがる。
思い切りが良いと言ったが、私的には言葉を話す相手を攻撃するのはやり辛くて躊躇する気持ちが無いわけではない。
初撃を余裕で防がれた私は一旦後方へ跳び、熊との距離をとる。
「ふむ。見た目は幼いが、それなりに戦闘経験があるようだな」
どこか感心したような顔で言っているみたいだけど、生憎私には熊の表情の変化なんて分かりっこない。
まあ、そんなことはさておき。
今の一撃で私と熊の間にはかなりの力差があることは理解出来た。知性も高そうだし、真正面からいっても厳しそうだ。
鏡花ちゃんなら勝てるかな?一瞬そんな考えも浮かんだけど、いくら鏡花ちゃんが強いからといっても頼るわけにはいかない。万が一鏡花ちゃんに何かあったら……。
そんな不吉な考えを振り払い、私は熊との戦いに集中する。
「どうしてもここを通してもらうことは出来ませんか?」
「すまんな。さっきも言ったが、それは俺の自由にはならないようだ。ここはそういうところらしいからな」
「そう、ですか……」
見た目は言葉を話す黄色い熊。
しかし彼はどこか別のところ――おそらくは異世界と思われる場所から、このダンジョンを作った誰かに呼び出されてきたのだろう。
つまり彼は魔物ではなく、その世界の住人ということになる。
その世界の戦士とかなんかって事かな?
どうせ呼び出すなら、何故もう少し弱いのにしてくれなかったのか……。
「では、次はこちらから行くぞ」
熊はそう言うと両拳を握りこみ、腰をぐっと落としたかと思うと――
――ゴン!!
10メートルほどあった熊との距離が瞬きする程の一瞬で無くなり、瞬間移動したかのように目の前に現れた熊の右の拳が私の持っていたハンマーに直撃した。
「――きゃっ!!」
ハンマーから身体に伝わってきた衝撃は今までに経験したことのないようなもので、私はそれを受け止めきれずに吹っ飛んだ。
「――いっ!――いたっ!――いたたっ!!」
地面を何度かバウンドしながら回転した私は、最終的にはその回転の勢いで立ち上がって熊を睨む。
「今のを防ぐか!面白いな娘!」
何が面白いのか全く分からない。
熊の攻撃は見えていなかった。たまたま身体が反応してくれたから防げたってだけだ。
多分こういう時って、戦闘狂みたいな歓喜の表情とかしてるんだろうけど、それも全く分からない。
てかお前、戦いたくないんじゃなかったのか?
さてどうする?熊はこちらを向いて構えてはいるが、向こうから仕掛けてくる気配は無い。次はお前だとでも言いたそうにしている気がする。知らんけど。
ここで考えられる作戦としては2つある。
でも使えるのはどちらか1つ。しかも失敗した場合は完全に詰んでしまう。
スピードかパワーか。
考えろ私!どっちの方が成功率が高い?
「どうした!早くこい!」
熊の声と同時に私は走り出す。
考えは決まった。後は運任せだ!!
ハンマーを後ろに構えたまま熊に突撃する。
やはり熊は動こうとはせずに受け止める気のようだ。
「とおりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
一気に懐まで入った私は気合いと共にハンマーを思いっきり――
柄の部分で熊の腹目掛けて突き出した。
相手に攻撃してくる気が無く、ただ受け止めてくれる前提で放つ捨て身の一撃。
殴ってくると思っていたのだろう熊の反応が遅れる。
一瞬頭を庇いかけていた手が慌てて下りてくる。
かかった!!
『俊敏性上昇』
私はスキルを発動する。
今の私では一度しか使う事の出来ない貴重なスキル。
全身の細胞全てに神経が通ったような感覚がする。
視界に映るもの全てがスローモーションのように見える。
突き出された柄よりも早く熊の手が腹を守ろうと間に入ってくるのが見えた。
「――ハッ!!」
私は踏み込んだ前足に更に力を込め、突き出したハンマーを止める。
そしてそのまま手首を軸にハンマーを回転させ――
――ゴオォォォン!!
熊の顔面をハンマーでぶん殴った。
今度こそハンマーから会心の手ごたえが伝わってきて、思いっきり振り抜いたと同時に熊が吹っ飛んでいく姿が見えた。
「りんお姉ちゃん!やったー!!」
鏡花ちゃん、それはフラグになるから言っちゃ駄目!
スキルの効果は約5秒。
効果が切れると同時に全ての感覚が元に戻っていく。
遠くで大の字になっている熊が見える。消えていないということはまだ倒せていないということだ。
私はトドメを刺そうと思った瞬間――
「――くっ!」
恐ろしい殺気のようなものを感じて、その場から動けなくなった。
そして熊はゆっくりと起き上がってきた。
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