幕間 阿須奈のターン1
「阿須奈、準備は良いかい?」
阿須奈の父、小鳥遊
ごつごつとした岩の足場。空は日に焼けたように朱く、遠くでは火山の噴火音がしている。
ここは小鳥遊家の地下41階。魔物以外の生物が生息できない過酷な火山ステージ。
その中でも一際高くそびえ立つ火山の河口付近の岩壁にその扉はあった。
気温は50度近くに達しており、全身ピンクのつなぎに身を包んでいる阿須奈の額からは汗が流れ落ちている。
「うん。大丈夫!」
そう力強く返事をした娘を見て軽く微笑むと、大河は扉に手をかけてゆっくりと押し開けていった。
なお、大河は部屋着の上下スエット姿で、汗一つかかず涼しい顔をしている。
2人が扉を潜ると、真っ暗だった室内に明かりが灯る。
球場ほどの広さの円形の空間。その壁に沿ってぐるりと炎が室内灯のように燃え上がった。
天井は果てしなく高いと思われ、その明かりが届くことなく闇に閉ざされている。
そんな闇の中から飛来する巨大な質量をもった魔物。
阿須奈たちより30メートルほど前方に着地すると、軽い地響きが起こった。
それは真っ赤な鱗に全身を包み、背には大きな翼を広げていた。逞しく発達した四肢の先にある鋭い爪を大地に食い込ませ、鞭のようなしなやかな尾に、長く伸びた首の先にある凶悪な瞳が阿須奈を睨みつけている。現時点で人類が遭遇したことのない伝説の魔物――ドラゴン。
危険指定レベルどころか、名前すら認定されていない最悪の怪物。
「ここから下の階はしばらくはこんな感じの奴が毎回出てくるからね」
「うわあ、面倒だね」
そんなドラゴンを前にしても、2人は平然とした顔でそんな会話をしている。
ドラゴンに与えられている使命は、この部屋に入って来た者を殲滅すること。
例えそれがどんなものであっても、だ。
明らかに無防備に立ち尽くしている二人を見て、自分に恐れおののいているのだと感じたドラゴンは、その翼を大きく広げて天に向かって大きく咆哮を上げた。
知性の高いドラゴンは、更に威嚇することで恐怖を与えようと小賢しい真似をしたのだ。
「――うるさいな」
大我がそう呟いた瞬間、ドラゴンの全身が硬直した。
その巨大な体が小刻みに震え、上げた頭は恐怖で降ろすことが出来なかった。
どこかで聞いたことのある声。しかもそれは自分にとって好ましくない相手の声。
そおっと、視線だけを動かして大我を見る。
このドラゴンにとっては初見であるはずの大我だったが、その姿に無い筈の記憶が揺さぶられる。
何度倒されても復活するエリアボス。
その使命はこの部屋に入って来た者を殲滅すること……だった。
だが、彼らがその使命を果たせたことはただの一度もない。
魔物の頂点に君臨するはずの龍種が受けた敗戦の数はとうに3桁を超え、その全てが圧倒的な敗北の歴史である。
その巨大な体を一方的に斬り裂かれ、首を落とされ、全身を焼き尽くされた恐怖の記録。
新たな生を受けて生まれたはずのドラゴンであったが、その恐怖は遺伝子レベルで刻み込まれているのかもしれない。
ダンジョンの魔物に遺伝子などがあれば――だが。
「じゃあ、いってくるね」
阿須奈は大我にそう一言だけ言って、手ぶらの状態でドラゴンに向かって歩き始めた。
ドラゴンは自分に向かって歩いてくる少女を見て、ようやく体の自由が利くようになった。
どうやらあの人間が1人で自分と戦うらしいと察し、多少なりとも心に余裕が出来たからかもしれない。
そこでドラゴンは目的を変更する。
おそらく自分はあの男に殺されるだろう。だが、この小娘1人だけでも斃すのだと。
それで少なくとも全敗を続けていた記録は途絶える。そんな小物感満載の考えに至っていた。
大丈夫か魔物の頂点よ?
ここまで来たのだから、この娘もそれなりの強さなのだろう。だが、その身体から感じる力はまるで自分に及んではいない。そう感じたドラゴンの体にやる気が漲る。
斃して斃されるという未来が分かっているというのに、どうしてそんなやる気が出るのかは不明。
頭を下げ、四肢を踏ん張り、どう殺そうか思案する。
一気に踏みつぶそうか、全身を爪で引き裂いてやろうか、その身体をバラバラにして喰らってやろうか。
爬虫類にも似たその顔に凶悪な笑みが浮かんだ。
『全身硬化』
『筋力上昇』
『俊敏性上昇』
『詠唱省略』
『魔法耐性上昇』
――が、そんなことを呟きながら近づいてくる娘を見て、背筋に冷たいものが流れた。
どこからどこまでが背中なのかは不明。
一言呟く度に全身が眩しく輝く。
そして感じる力がどんどんと膨れ上がってくる。
『感知上昇』
『魔法上昇』
『全能力上昇』
ドラゴンは直感的に危険を感じて、反射的に上空へ飛び立つ。
そして間髪入れずに炎のブレスを阿須奈へと放った。
『
光速で放たれたブレスが阿須奈の下へ届いた時、そこにはすでに阿須奈の姿は無かった。
ブレスは無人の大地へ激突して、大きな爆発音と共に地面を大きくえぐった。
周囲が巻き上げられた土埃に包まれる。
視界が全く無くなってしまったが、ドラゴンは確かに感じていた。
その煙の奥に潜む凶暴な悪魔の存在を。
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