なにいろ

飯田太朗

大阪の思い出

 僕の生まれは静岡、富士山のお膝元、富士宮市だった。聞くところによると周りはとうもろこし畑で背の高い緑に囲まれていたらしい。近所に親戚がたくさんいたので生まれたばかりの僕はたいそう可愛がられたようだ。だがこの頃の記憶は全くない。何せ一歳までしかいなかったのだから。

 僕の一番古い記憶は三歳の時。大阪は吹田市江坂の、団地の中を全力疾走していた時の思い出だ。僕んちのベランダには子供用のショベルカーが置いてあって、僕はそれを公園の砂場で乗り回すのが好きだった。団地だから近くに、というより敷地内に公園がいくつもあって、幼稚園に入ると蝉や蜻蛉を捕まえて遊んだ。大池の近くだったので、えらい大きなウシガエルを見つけてびっくりしたのもいい思い出だ。

 初めて幼稚園に行った日のことも覚えている。母から引き剥がされるのがとにかく怖くて怖くて大泣きしていた。多分教室に入ってもなお泣いていた。そんな僕と最初に友達になったのがユウくんだった。

 ウルトラマンのボタンが当時流行っていた。ボタンとはいわゆる服の前を留めるボタンで、通常なら円形のそれがウルトラマンのミニチュアになっているという男の子の心を刺激する代物だった。もちろん衣類を留めるのになんて向かないからカバンや体操服の胸のところにつけてバッジみたいにするのが主な使用方法だった。考えてもみてほしい。幼稚園男児の胸元にウルトラマンのバッジ。喜ばないわけがない。

 ユウくんのお父さんはみんみん餃子(正式な企業名は知らないが当時こんな発音だった気がする)の社長で、えらい裕福だった。欲しいものは何でも手に入る。ユウくんは歴代のウルトラマン全てのボタンを持っていた。

 一方の僕は当時から格闘技というか、蹴ったり殴ったりが好きだったので、ウルトラマンの中でも格闘戦が主体のウルトラマンレオが大好きだった。しかし僕らの時代のウルトラマンといえばウルトラマンティガで、七十年代のウルトラマンであるレオのことなんか誰も知らなかった。まぁ、自分たちが生まれる二十年も前のヒーローなんて知るわけがないのだが、僕は親戚だか両親の友達だかがくれた古いウルトラマンのビデオを持っていて、それらをひたすら観ていたので初代マンはもちろん80までしっかり履修していた。

 さぁ、ここにきてユウくんである。彼は歴代のウルトラマン全てのボタンを持っていた。

 ただ話しているうちに、どうもこのユウくんはウルトラマンの区別がついておらず、どれも一緒くたに「ウルトラマン」として認知していることがわかった。なので僕は自分が泣いていたのも忘れてユウくんに、「これはウルトラマンレオ」「これはエース」「これはタロウ」などなど、オタクムーヴをかますことで優位に立とうとした。いわゆるマウントである。

 しかしユウくんは富豪ゆえか心が広く、「おお、そんなに詳しいならうちには他にも色々なボタンがあるよ。何ならポケモンもあるけど来る?」みたいなことをもっと幼稚園児らしく可愛げに言ってきたので僕は「ぜひ」という趣旨のことを言って友達になった。

 以来僕とユウくんはウルトラマンごっこをする仲になったのだがあの時は二人揃ってウルトラマンをやっていた。怪獣は誰がやっていたのだろう。

 二年後、妹も同じ幼稚園に入ってきた。僕と同じく大泣きする妹に「分かるぞ、妹よ」と少しでも不安を軽減させるべく一緒に遊んでいたのだが、ある日を境に先生から「妹ちゃんはいないよ」と言われるようになった。後に聞くところによれば兄弟と遊んでいると幼稚園で友達が作れなくなるので意図的に僕を妹から引き剥がしたらしい。

 当時から僕は紙飛行機が好きだった。今も時々折るくらいには好きだ。幼稚園でもよく折っていて、遊具のてっぺんにのぼっては飛ばすということをよくやっていた。僕が折った紙飛行機は気まぐれで、左によれたり右によれたり、とにかくまっすぐ飛ばなかったから、教室の男児がよくやる「誰の飛行機が一番遠くまで飛ぶか?」ではあまり成績がよくなかった。

 ある日まっすぐ飛ばないことに悩んでいたら、幼稚園の用務員さんが(おっちゃん、と呼んで親しくしていた)「はねの後ろのところをな、折るとええで」と教えてくれた。普通の飛行機で言うところのフラップと呼ばれるもののことだと思うのだが、当時はそんなもの知る由もない。だが左によれるなら右の翼の後ろを、右によれるなら左の翼後ろを、いい具合に折り曲げるとまっすぐ飛んだ。とにかく嬉しかったのを覚えている。

 さて、そんな風に紙飛行機に思い入れのあった僕を見て。

 ある年の誕生日、両親は僕に特別なプレゼントをくれた。

 それはきちんと製本され、プロの絵描きが絵を入れた、僕が主人公の絵本だった。

 思えばこれが僕と物語フィクションとの出会いだった。

 この時僕は初めて「物語には書き手がいる」ことを知った。だってそうじゃないと、僕が紙飛行機に乗って空を飛ぶ話なんて誰も、思いつきやしないのだから。

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