第23話『IT君との終わり』
IT君とは長い事付き合った。長いと言っても、二年くらいだ。
その後IT君の会社は小企業にはなった。そこは率直に言って、IT君の人としての魅力やスキル、センスやカリスマ性があったのだろう。私は心からおめでとうと言った。
それでも交流や相談を続けるIT君に、私はいよいよ別れを告げる。
その日、私はIT君が住むマンションにケーキの手土産を持って訪れた。IT君はいつも通りで、私とIT君はケーキを食べる準備をした。
準備を終えて二人でケーキを食べた後、IT君は「今日はどうしたんですか?」と尋ねた。私は切り出した。ここで一度終わりにしようと。
IT君は「今日は何の冗談ですか?」と言った。私は真面目に言っている事を伝えた。すると、IT君は落ち込んだ表情で、信じられないという表情で、下手な作り笑いながら嘘ですよねと言った。
私は真面目な話をしている事をもう一度伝えた。すると、IT君はみるみるうちに眉間に皺を寄せてこう言った。
「嫌です!」
IT君が出会った時のような大声で言った。私はその声に黙っていた。どうしたらこの駄々っ子を説得できるだろうかと。どうやったらこのワガママな子に首を縦に振らせる事が出来るだろうかと。
なぜかと尋ねるIT君に、私はしっかりとその理由を説明した。
一つに、私が精神障害者である事。
一つに、IT君にとってやがて重荷に感じさせる事。
それを伝えると、IT君は更なる説明を求めた。私はそれに真正面から答えた。
先日精神科に行った事。その際に、双極性障害と解離性同一性障害と診断された事。それがやがてIT君にとって重荷に感じる事。今の時代はまだ障害者への理解も配慮もない事。それが浸透するまで数年掛かる事。それがIT君にとって迷惑となりやがて足を引っ張る事を伝えた。後ろ指を指される事も伝えた。
あの社長は障害者と交流がある――と。あの社長は頭のおかしな奴といる――と。
それを伝え終えると、IT君は首を横に振りながらまさに駄々っ子のように泣いていた。本当は理解している。本当は分かっている。けれど、IT君の心がそれを拒んでいるのが分かった。
だからこそ、私はIT君に言った。
今だから縁を切れるのだと。今じゃないと縁を切れないのだと。君には守るべきものがあり、君にはやるべき事がある。だからこそ、今ここで決別しようと。
私が言うと、IT君は「分かりました」と渋々、ゆっくりと噛み締めるように言った。私はもう二度と会わないつもりで、IT君はいつかまたと思ったのかもしれない。
それでも私は、泣き縋ろうとするIT君を振りほどいて玄関から出ようとした。その時だ。IT君が呼び止めた。
「また会えますよね?」と。
だから私は言った。
「君は今、幸せかい?」と。
その言葉は、IT君に何度も尋ねて、IT君が何度も「幸せです」と言った決まり文句だった。だけど、私はその答えをその日は聞かなかった。
代わりに、そのまま立ち去った。IT君の部屋の椅子に一通の手紙を残して――。
その手紙は私の心ばかりの懺悔だった。それを読んでからIT君から連絡はあったが、私は返信せずに削除した。それで良かったのだと信じ込もうとした。
今となっては戻らない時間。今となっては戻れない関係だが、ただ一つその手紙に正直な想いを書き記した。
それは、こっぱずかしい事だがいわゆる恋慕の思いだ。
『私は、人として、女性としてあなたが好きでした』。
そういった別れを、私は告げた。
次の話からは、また別の人の話をしようと思う。ただ一つ、ここで書く事は私の勝手な想いだ。そう、戻らない恋心だ。
今でも私は、IT君が好きだ。出来る事なら、本当の女性として会いたかった――。
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