第24話
「じゃあさっさとやっちゃいましょ。こっちもヒマじゃないんで」
大きく欠伸するサロメを見て、こっちだ、とパスカルは見抜いた。勝手に、自分が後で食べようと用意したお茶菓子を食べている。彼女にも用意したはずだが……もう食べ終わったのか。
「ず、ずいぶんさっきと雰囲気変わったね」
元々人見知りな性格だったパスカルには、こういう女子は苦手だった。しかし、配信の映えを意識するようになってから、イレギュラーがむしろありがたいまである。そのほうが視聴者には面白い。ひっそりと気に入った。
「配信してないなら気を使う必要ないんで。で、イベントは何時から?」
店に送っておいた資料になにもかも記しておいたはずだが、どうも彼女は読んでいないらしい。今までの調律師は、スポットが当たることのない調律という世界で生きてきたため、全世界発信トーク中は緊張がパスカルにも伝わるほどだった。しかし彼も元は緊張しいなところもあって、痛いほどよくわかっていた。
が、今までで会ってなかで一番若い女性調律師は、全く緊張していない。むしろ敵意持ってない? だがこの図太さは配信むきだ。
「一四時からだね。調律前に少しトークさせてもらって、それから調律中を配信させてもらいたいんだけど」
今回用意したエラールのピアノに触れながら、パスカルは許可を再度取る。元々書面と電話で取っていたが、この少女はなにも聞いていない、もしくは最初から聞く気がなかったかもしれない。
「どうでもいいわ。さっさとやっちゃって。気が変わる前に」
もうサロメからは、すでにさっさと終わらせて帰りたいという気しかしないわけだが、指摘すると帰ってしまいそうなのでパスカルは黙っておくことにした。クリエイター目線だと、こういう人物の方が面白い結果になる。
「もう少ししたらって思ってたけど、急遽早めて配信しちゃおう」
予定では一三時から事前配信の予定であったが、こんな面白い人材は逃す手はない。これはこれでいい意味でのハプニングだとパスカルはワクワクしていた。
「はいはい」
《撮れてる? オッケー? はい、というわけで、ごめんなさい! 少し早めて開始したいと思います》
一三時からの予約はキャンセルして即配信開始。パスカル陣営は確認をしつつ、撮影を続行した。何度もやっているので慣れているのだろう。
急な変更にも関わらず、すでに来場者は続々と増えているらしい。やはり分母が大きいとこういったことは些細な問題にしかならないのだろう。遅くなるならともかく、早めの配信開始は好評の方が多い。
アトリエ・ルピアノにとって、心配事しかない放送が始まった。
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