第2話
「知ってる? 人間て最終的には絶対にガンになるんだって。それ以外の要因で死んでしまう人も多いけど」
食事時に死の話をしている少女の名前はサロメ・トトゥ。赤褐色の短い髪。グレーの瞳は、焼き加減でセニャンを選んだハンバーガー内部の肉を見つめている。見ていたらふと、思い出したのだ。
「そう考えると長寿って残酷かもねぇ」
若い女の子らしからぬ唐突な話題を、さもいつものことだと言わんばかりに自然にキャッチボールで返す少女。ファニー・ダリュー。かつてはシルク質感の金色の髪色だったのだろうが、少しずつ暗く変化してきている。そこが最近の気がかり。へーゼル色の目はお気に入り。
死から関連して、またさらに無表情のままサロメは話題を変えた。
「だからピアノが壊れるのも自然なわけ。壊れないものなんてないんだから」
そう言ってサロメはハンバーガーをかじる。牛肉・玉ねぎ・二種類のチーズとアクセントにほうれん草。肉汁と噛みごたえがたまらない。大きく口を開けなければ食べられないため、デートなどには向かなそうなボリュームだ。
海外から出店してきたこのハンバーガーショップは、フランスにはパリのここ一店しかない。学校からも近くて行きつけの場所と化している。運良く窓側の席を獲得した二人は、ダラダラと取り止めのない話を、夕方の混雑にてざわついた店内で続ける。
「正直、今って調律師ってどうなの」
そのハンバーガーにセットでついてくるサツマイモのフリットを、所有者に許可なく勝手に口に運びながら、ファニーは話を膨らませた。
調律師。
ピアノという楽器は木でできている部分が多く、どうしても湿気や温度、直射日光や経年劣化などで膨張したり伸縮したりする。木は生きているからだ。木に限らず、この世に存在するものは、生まれた瞬間から劣化が始まる。壁なら左官工が、イスなら家具屋が直すだろう。
ならばピアノは? と問うならば、答えは調律師に辿り着く。弦や鍵盤を、基準となる音を。どれだけピアノをうまく弾こうとも、内部構造を把握しているわけではない。ピアニストが多く持っていると言われる『絶対音感』も必要としない。むしろ邪魔になるとさえ言われている。ピアノを『直す』作業に特化した職人。なのだが。
「難しいね。電子ピアノにおされてるし。家庭で弾くにも騒音とかあるから」
つまらなそうにストローを咥えながらサロメは外を見た。今日も今日とて、足早に人々は歩く。昔は馬車が走ってたのかな、時代は流れるねぇ、としみじみ感じた。
かつてピアノといえば、生ピアノしかなかった。ショパンが、リストが、ベートーヴェンが、ホロヴィッツが。そんな偉人達は、電子ピアノなんて考えていたのだろうか。いや、ホロヴィッツはあるかもな、時代的に。と、感情なくサロメが脳内を巡らせていると、さらにファニーは何本目かのサツマイモのフリットを頬張る。
「じゃあ違う職目指そうとかないの、パン屋だって花屋だってあるし」
「……あんた頼んだのドリンクだけじゃなかったっけ?」
呆れたようなサロメの指摘に、微動だにせずファニーは、
「うん。ダイエット中なもんで」
「手のそれはなに?」
静かにアイスコーヒーを一口飲み、カップを静かに置いた。
「『星の王子さま』にこんな一節がある。『砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠し持っているからだよ』。つまり、『私が食べているのは、どこかにフリットが落ちているからだよ』」
「『つまり』の使い方、勉強し直してきなさい」
詰まるからね、喉に、だからアイスコーヒー、と手応えなく二人のやりとりは元に戻る。
「なんだっけ。他の仕事ね、そういう、『ザ・フランス』っていうのはないね」
噛みすぎてフニャフニャになったストローの先端を離し、サロメは頬杖をついた。子供の頃って何になりたかったっけ、花屋だっけ、と過去を振り返る。
「身長あるんだしモデルとか」
ファニー自身は一五〇センチそこそこで小さく、それに引き換えサロメはさらに十五センチほどある。若干羨ましそうな意志を孕んだ提案をしてみる。
しかし即座に半笑いでサロメに否定される。
「はい無理ー。同じ学年にモデルやってる子いるけど、あれこそモデルって感じ。私はアミバ、あの子はトキ」
「いや、北斗の拳で表現されても。レティのことかー。あれは別格。ちなみにショタコンの噂あり」
学校の情報通であるファニーの不確かな情報を耳にし、サロメは不快感を露わにした。自分で見ていないことは信じない。きっとなにかの間違いだと思っている。
「はぁ? いやなにそれ。出どころわかんない噂、信用しない方がいいよ。悪口みたいじゃん」
そう言い、感情的に強くストローを噛んでしまったため、コーラを飲もうとしたが出てこず、戻してサロメはズズっと飲み干した。てか、ショタコンでも別に悪いことしてなくない?
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