第9話(4)バカの突撃

「……簡単に信用して良いの?」


 技師が藤花に尋ねる。視線の先には、楽土の馬に一緒に跨る南蛮人がいる。


「むしろ向こうがこちらを信用したのが驚きだね……」


「確かにそれはそうだけどね……」


「まあ、道は少し、仙台から離れているような気がするのだけど……」


「え⁉ 罠にはめる気じゃない⁉」


 技師が思わず声を上げる。


「まあ、もう少し様子を見てみようじゃないの……ん?」


 止まった楽土の馬から降りた南蛮人が藤花たちの下に歩み寄ってくる。


「スミマセン、ヨリタイバショガアルノデ、ソコニヨッテカラデモヨロシイデスカ?」


「寄りたい場所?」


 藤花が怪訝そうな顔になる。


「エエ……」


「……まあ、別に構いませんよ」


 藤花は一瞬だけ考えてから答える。


「アリガトウゴザイマス」


 南蛮人は笑顔で、楽土の馬の方に戻る。それからしばらくして……。


「すみません、色々聞いて回りましたが、そういうのは無いそうですよ」


 あるお寺や近隣の家々を回った楽土が脇道に隠れていた、南蛮人と藤花たちに告げる。


「オウ、ソウデスカ……」


 南蛮人があからさまに落胆する。


「……貴方は何をしにここまできたのです?」


 藤花が尋ねる。


「セカイイチオイシイトイワレルショウジンリョウリヲタベニ……」


「世界一美味しい?」


「エエ、コノジョウギサンニアルトキイタノデスガ……」


「楽土さん、聞いたことあります?」


「いいえ、まったく……」


 藤花の問いに楽土は首を振る。


「そもそも精進料理だったら、お坊さんしか食べられないでしょうが……」


 技師が頬杖を突きながら、呆れ気味に呟く。


「オウ……」


 南蛮人が天を仰ぐ。


「まあ、仙台の町でも美味しいのは色々と食べられるでしょう」


「……ソウデスネ、デハマイリマショウ」


 南蛮人が立ち上がって歩き出す。


「……今度はどうよ?」


 先を歩く、楽土の馬に楽土とともに跨る南蛮人を見ながら技師が問う。


「うん、ちゃんと仙台の方に向かってはいるね……」


「ふ~ん……」


「これならば……思ったより潜入は容易かもね」


 藤花は顎をさすりながら呟く。


「……ねえ、あの南蛮人はどうするの?」


「どうするって?」


「顔を見られたじゃない、マズいんじゃない? 始末するの?」


「随分と怖いことを言うね……」


 藤花が苦笑する。技師がムッとする。


「ア、アンタならそれくらいやりかねないでしょうが……!」


「まあ、すべては向こうの出方次第だよ……」


「そう……ん?」


 楽土の馬が立ち止まる。藤花たちがそこに並びかける。


「ココカラミエルヤマガアオバヤマ……センダイジョウデス」


 南蛮人が指し示した先に、仙台城が見える。


「ふむ、『青葉城』という雅称も頷ける……まあ、大手門側じゃないけれどね……」


 立派な造りの城を眺めながら、藤花が頷く。


「ソレデハコノヘンデ……」


 南蛮人が馬から降りて、その場から離れようとする。技師が呼び止める。


「ちょ、ちょっと待ってよ、町まで案内してくれるんじゃないの?」


「オメアテハオシロデショウ?」


 南蛮人の言葉を受け、楽土と技師が藤花を見る。


「……そうです」


 藤花が笑みを浮かべながら頷く。技師が慌てる。


「し、城に乗り込むの⁉」


「ええ」


「き、危険ですよ!」


「もちろん、それは承知の上です」


 楽土の言葉を藤花はあっさりと受け流す。


「と、藤花さん……」


「さて、どう忍び込んだものか……」


「ソノマエニ、ワタシトアソンデクレマセンカ……?」


「はい?」


「カラクリオニンギョウサンタチ……」


「!」


「……はて、何のことやら」


 顔を強張らせ楽土の横で藤花が首を傾げる。


「トボケテモムダデス……アノオシリノカタサハジョウジンノソレデハナイ……ツイデニアナタガノバシタツメモネ……」


「私の爪はお尻のついでですか……」


「ワタシタチノシナモノヲウルタメニハ、レイゴウトジュウサンゴウヲシマツシタトイウコトハ、タイヘンイイウリモンクニナリマス……」


「品物?」


「ココマデオビキヨセタカイガアリマシタ……イケ! バカ!」


「‼」


 黒い牛のようなものが二体、茂みから飛び出してくる。


「なっ⁉ す、すごい勢い⁉」


 技師が驚く。牛のようなものが藤花たちに向かってくる。


「フットバサレテシマイナサ~イ‼」


「……楽土さん」


「はい!」


「⁉」


 楽土が単体で、二体の牛のようなものの突進を防いでみせた。


「……ふん」


「……!」


 藤花が爪を伸ばした両手を交差させると、牛のようなものはあっという間に二体ともバラバラになってしまう。その破片を見て、技師が驚く。


「き、機械仕掛け⁉ からくり牛……ってこと⁉」


「牛なのに馬鹿とはこれ如何にという感じですが……」


 藤花は笑みを浮かべる。


「ウウ……」


「さて……」


「ウ⁉」


 藤花に睨まれ、南蛮人は動けなくなる。藤花が歩み寄る。楽土が声をかける。


「と、藤花さん、無益な殺生は……」


「分かっています……商人さん、こちら側に付きなさい。零号と拾参号と協力関係を持った方が後々お得ですよ?」


「……ワカリマシタ」


「お利口さんです」


 藤花が微笑みながら満足気に頷く。

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