第8話(4)騎馬鉄砲隊の追撃

「き、き、騎馬武者隊⁉」


 技師が自分たちを追ってくる集団を見て目を丸くする。


「そんなに珍しいですか?」


「珍しいってもんじゃない! 今は江戸の世だろ⁉ 戦国の世じゃあるまいし!」


「……」


「! ……」


「………」


「‼ ……」


「藤花さん、何をされているのですか?」


 楽土が尋ねる。


「いや、馬をわざと減速させたり、蛇行させてみたりしてみたのですが……それらの動きにも惑わされることなく、隊列をきちんと整えて追いかけてきているなと……」


「はあ……」


「江戸の世になってもよく調練されているなと思いまして……」


 藤花はどこか嬉しそうに呟く。


「喜んでいる場合か!」


 技師が声を上げる。


「喜んでいるのとは少し違いますね」


「え?」


「血沸き肉躍っているのです」


 藤花が笑みを浮かべる。


「おいおい!」


 技師が戸惑う。


「藤花さん……」


「楽土さん! なんとか言ってやってくれ!」


「戦うのですね?」


「うおおい! アンタも戦る気まんまんかい!」


「いえ、残念ながら戦いません……」


「へえ……」


「……なんですか、その意外そうな反応は?」


「いや、藤花さんならここで相手の殲滅を選びそうなものだと思っていましたので……」


「あの数の騎馬武者を相手にするのはさすがに骨が折れます……それに場所が悪い」


「場所?」


「城下町で騎馬武者隊をやってしまったら、その話が瞬く間に広まりますよ」


「なるほど、仙台にもますます警戒されますね……」


「そういうことです。それに……」


「それに?」


「逃げ切るのも結構大変な相手ですよ……」


「藤花さんが恐れるほどの手練れがいますか?」


 楽土が首を傾げる。


「!」


「むっ!」


「ひゃっ⁉」


 音がしたと同時に、楽土が盾を掲げてそれを防ぐ。技師が悲鳴を上げる。


「なっ……銃弾⁉」


 楽土が振り返ると、馬に乗りながら、鉄砲を構えている集団が目に入る。


「な、なんだよあれは⁉」


 技師が藤花に尋ねる。


「大坂の陣で鬼が指揮した騎馬鉄砲隊ですよ、ご存知ない?」


「う、噂では……!」


「噂って、情報収集が甘いですねえ……」


「そ、そんなの大げさに言っていると思うだろう!」


「しかし、実在する……」


 藤花が指し示す。技師が振り返ると、騎馬の数がどんどんと増えている。


「あ、あんなにいる⁉」


「それはそうでしょう……ここ白石は騎馬鉄砲隊の指揮官殿のお膝元ですからねえ」


「呑気に言っている場合か⁉」


「焦って良いことは何もありません」


「そ、それはそうだけど……!」


「どうしますか⁉」


 楽土が問う。


「とにかく走り続けます! 走っている的にそうそう当てられないはず……!」


 藤花の右肩に銃弾が当たる。


「藤花さん⁉」


「……くっ!」


 馬から落ちそうになった藤花は手綱を掴み直し、体勢をなんとか立て直す。


「大丈夫ですか⁉」


「な、なんとか……そういえば、関ケ原の後に、紀伊の鉄砲集団を召し抱えたんでしたっけ……さすがに現役ではないでしょうが……後進育成はきちんとしているようで……」


 藤花が右肩を抑えながら淡々と呟く。


「ど、どうしますか⁉」


「楽土さん!」


「は、はい!」


「まずは貴方も落ち着いてください……」


「は、はい……」


 楽土が頷く。藤花がそれを見て微笑む。


「よろしい……」


「では……?」


「向こうの虚を突きます」


「虚を突く?」


 楽土が首を捻る。


「私にしっかりとついてきてください!」


 藤花が突然、馬の進行方向を変える。


「えっ⁉」


「ええっ⁉」


 楽土と技師が揃って驚く。藤花が声を上げる。


「ほら、ちゃんとついてきて!」


「し、しかし……!」


「そっちはむしろ町の中心だぞ⁉」


「それで良いのです!」


「くっ! ヤケになったか⁉」


 楽土と技師は戸惑いながらも藤花についていく。思わぬ行動に騎馬隊の追撃が鈍くなる。


「……なんとか撒けましたね」


 藤花は町中を馬で歩きながら周囲を見回す。


「い、いや、見つかるのは時間の問題だろう⁉」


「それがしもそう思いますが……」


 技師の言葉に楽土が同意する。


「その前にさっさとお暇します……」


「どうやって⁉」


「……あった、これです」


 藤花は白い大きな石を指差す。技師が首を捻る。


「石?」


「この白石の由来となったとされる石です。楽土さん、こいつをどかしてみてください」


「は、はい……よっと! ⁉」


 楽土と技師が驚く。石の下に馬も通れそうな大きな穴が空いていたからである。


「石の根が遠くまで繋がっているという謂れは半分当たり、実際は地下道です。ここから町を出ます……地図で探していたのはこの場所です。あくまで最後の手段でしたが……」


 藤花は馬に乗ったまま、穴に入る。技師たちもそれに続く。楽土が内側から石を戻す。

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