第7話(1)噂
漆
「国境も抜けました……」
既に遠くなった関所を振り返りながら楽土が呟く。
「とうとう仙台藩ですね」
藤花が周囲を見回しながら応える。
「あの……」
技師が口を開く。
「ん? なにか?」
「私はこの辺でお暇したいのだけれど……」
「ふっ、冗談も休み休み言いなさいな」
藤花が思わず苦笑する。
「ええ?」
「私たちの任務が上手く行った暁には、江戸に推挙してあげると言ったでしょう?」
「そ、それは聞いたけれど……」
「ご公儀に奉職出来るのよ? 素晴らしいことだわ」
「……陰ながら、だろう?」
「それでもアンタにとって悪い話ではないはず……」
「むう……」
技師が顎をさする。
「今さらどうしたというの? それで一度は納得したでしょう?」
「いや、いざここまで来ると、不安の方が大きくなってきた……」
「不安?」
藤花が首を傾げる。
「あんたたちはつまりあれだろう? 仙台藩お抱えのからくり人形が狙いなんだろう?」
「まあ、そうね」
「と、藤花さん?」
藤花があっさりと認めたことに楽土が慌てる。
「ここまで来たのなら隠してもしょうがないことですし……」
「そ、そうかもしれませんが……」
「でも、今さらそんなことを聞くなんて……アンタ、仙台藩からの刺客じゃなかったの?」
「その辺りの事情は色々と複雑に絡み合っているのさ」
「敵の敵は味方……みたいなこと?」
「単純に言ってしまえばそういうことに近いね」
「へえ……」
「と、とにかく詳細なことについては、末端に位置しているであろう私にはほとんど知らされていないんだよ……」
「ふ~ん……」
「ただ……」
「ただ?」
藤花が首を捻る。
「あんたたちが仙台藩のからくり人形に勝てるとはとても……」
「……そんなに強いの?」
「強い」
技師が頷く。
「即答したわね……」
「見たことがあるのですか?」
「いいえ、ありません」
楽土の問いに技師は首を振る。藤花が目を丸くする。
「ないの?」
「うん」
「それじゃあ、強いかどうかなんて分からないじゃないの」
「噂では色々と聞こえてくるんだよ」
技師が耳に手を当てる。
「技師が噂に左右されてどうするのよ……」
藤花が呆れた様子を示す。
「お、恐ろしい噂だよ⁉」
「実物を目の当たりにしてから、口にしなさいな……」
藤花が後頭部を掻く。
「……ちなみにどんな噂でしょうか?」
楽土が尋ねる。
「楽土さん、そんなことを聞いてもしょうがないでしょう」
「いいえ、藤花さん、少しでも情報を仕入れておかないと……」
「情報って……」
「藤花さんはご存知なのですか?」
「……結構な古株だということは」
「古株?」
楽土が首を傾げる。
「あまり言いたくはないですけど……私が零号で、それに近い番号だったかと」
「面識などは?」
「無いかと思いますよ。少なくとも、江戸の世になってからは……」
「……」
楽土が藤花を黙って見つめる。
「なんですか?」
「それでは何も知らないと同じじゃないですか」
「まあ、そうですね……」
「やっぱり聞いておいた方が良いですよ」
「ふむ、一応聞いておきますか、暇つぶしにもなる……」
「どれくらいの背丈ですか?」
楽土があらためて技師に尋ねる。
「熊のような大きさとも……」
「熊?」
「兎のような小ささとも……」
「兎?」
「どっちなのよ……」
「年のかさは?」
「年輪を重ねた老人とも……」
「老人?」
「若木のような若者とも……」
「若者?」
「だからどっちなの⁉」
藤花が苛立ちながら問う。
「い、色々な噂があって……」
「はあ……噂は所詮噂ってことね……」
技師の言葉に藤花はため息をつく。
「うむ……」
楽土が顎に手を当てて考え込む。
「楽土さん、噂を真面目に考えても栓無きことですよ」
「ですが……」
「会ってみれば、自ずとどういう者か分かります……」
「それはそうですが……」
「……うん、村……?」
藤花が周囲を見回すと、いつの間にか村に入っていた。楽土が問う。
「どうかしましたか?」
「いや、調べではこんなところに村は無かったはず……」
「どうやら廃村のようですから、見落としていたのでは?」
「そんなはずは……!」
「!」
何かが藤花に向かって飛んでくる。
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