第4話(2)浪人たち

「ここが宿場町のようですね」


「なかなか栄えていますね。ちょうど良かったです」


「ちょうど良かった?」


 楽土が首を傾げる。


「ええ」


「どういう意味ですか?」


「この町にしばらく滞在することになるかもしれません。寂れているよりマシでしょう?」


「ああ、それはそうですね……」


 楽土は頷く。


「しかしこうなると……」


 藤花は顎に手を当てる。


「どうしました?」


「宿選びに迷ってしまいますね」


「そ、そうですね……」


「ご飯が美味しいところが望ましいです」


「はあ……」


「お部屋が広ければなお良いですね」


「ふむ……」


「……興味無さそうですね」


 藤花がジト目で楽土を見つめる。


「いや、それがしとしては横になれれば正直どこでも良いというか……」


「以前もそういうようなことをおっしゃっていましたね」


「ええ……」


「良いですか、楽土さん。よく考えてみてください」


「は、はい……」


「この町には何日か留まることになるかもしれないのですよ?」


「ああ、はい……」


「であれば宿選びというものは重要です」


「それは分かりました……でもまず……」


「まず?」


「馬を預けられるところを探しましょう」


 楽土は互いが連れている馬を指し示す。


「ああ、それは確かにそうですね……」


 藤花は思い出したかのように頷く。


「……馬は預けられました」


「さて、宿選びですね!」


 藤花がポンと両手を打つ。


「しかし、藤花さん……」


「はい?」


「藤花さんがおっしゃった条件を満たす宿となると……それなりに値の張る店になるのではないかと……」


「それがなにか?」


「な、なにかって……」


「ここまで我慢に我慢を重ねて、安宿に泊まってきたのです。ここいらで多少贅沢をしても罰は当たりません」


「し、しかし……」


「それに……」


「それに?」


「ここを抜けて奥州に入ったら、ゆっくりとしている暇はないかもしれませんよ?」


「! そ、それはそうかもしれませんね……」


「でしょう?」


 藤花が小首を傾げる。


「う、う~ん……」


「ご決断を。優柔不断な殿方は好かれませんよ?」


「……は、はい……」


 楽土は首を縦に振る。


「……う~ん、若干、優柔不断さは否めませんが……まあ、良しとしましょう。それでは宿選びに参りましょうか!」


 藤花はすたすたと歩き出す。楽土が慌てる。


「と、藤花さん、高そうな宿はこちらでは?」


「いや、こっちのような気がします」


「き、気がしますって……」


「女の勘です」


「か、勘って……」


 楽土が戸惑いながらも藤花に続く。


「……」


 人気のない通りで藤花が立ち止まる。楽土も立ち止まり、藤花に語りかける。


「藤花さん……」


「ええ……隠れていないで出ていらっしゃい!」


 藤花が周囲に向かって声を上げる。


「………」


 浪人たちが姿を現す。その内の一人が顎をさすりながら口を開く。


「なかなか鋭いな、ただの町娘と山伏ではなさそうだ……」


「それはもう、年季が違いますから……」


「ああん?」


「……楽土さん、余計なことは言わない」


「す、すみません……」


 楽土が頭を下げる。藤花が自分たちを取り囲む浪人たちを見渡しながら言う。


「殺気を隠すのが随分と下手ね……嫌でも勘付くわよ……」


「なんだと……」


「ああ、そういう意味での“下手人”ってことかしら!」


 藤花が手を打つ。浪人たちが色めき立つ。


「け、喧嘩売ってんのか⁉」


「買ってくれるならいくらでも売るけどね。どうせ金のない食い詰め浪人でしょう?」


「ぶ、ぶっ殺すぞ!」


 浪人たちが剣を抜く。


「やれるもんならやってごらんなさい……」


「うおおっ!」


「ふん!」


 藤花に斬りかかった浪人の剣を楽土が盾で受け止める。藤花が呟く。


「どうせ何も知らない哀れな連中……楽土さん、一思いにやってしまって下さい」


「うおりゃあ!」


「⁉」


 楽土が盾を振るうと、浪人たちがまとめて吹っ飛ばされる。そのとてつもない膂力でほとんどの浪人が腹を抉られて、重なり合うように倒れ込む。


「! ひ、ひいっ!」


「はいはい、逃げても無駄」


「‼」


 藤花の放った針によって、逃げ出そうとした浪人たちも残らず倒される。楽土が問う。


「……良かったのですか?」


「ご公儀に反するものが差し向けた連中でしょう。ただ、詳しく聞いたところで何も知らない。私たちのことを分かっているなら、もうちょっと慎重にやるはずですから……」


「そ、それは確かに……」


「人目につくと面倒です。埋葬してあげて下さい。穴掘りくらいは手伝います」


「は、はい……」


 楽土は浪人たちを軽々と担ぎ上げる。


「長居するのは危険かしらね……」


 藤花は周囲を見渡しながら呟く。

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