第3話(2)戯言では済まない

「あのね……」


「え?」


「違いますよ」


「何がですか?」


「いや、何がってね……」


「ええ?」


 藤花がニヤニヤとする。


「とにかく違うのですよ」


「だから何がですか?」


 藤花が楽土に問う。


「いや、先ほどの……」


「先ほどの?」


「お蕎麦屋さんの……」


「お蕎麦屋さんの?」


「娘さんに対してですね……」


「娘さんに対して?」


「それがしが……」


「楽土さんが?」


「鼻の下を伸ばしていたことですよ」


「だらしなく伸ばしていたことですね」


「だらしなくってなんですか、だらしなくって」


「大体だらしないものでしょう、鼻の下を伸ばすときって」


「それはそうかもしれませんが……」


「そうですよ、どんな男前も色男も台無しになるものです」


「そうではなくてですね……」


 楽土が右手を左右に振る。


「そうではなくて?」


 藤花が首を傾げる。


「あれはあくまでそのように見えただけです」


「そのように見えただけ?」


「はい」


「いや~それはどうかな~」


 藤花が苦笑する。


「鼻の下を伸ばす機能は備わっていませんし……」


「そりゃあ備わっていないでしょ、何に使うんですか……」


 楽土のよく分からない言葉に藤花は戸惑う。


「まあ、要はそういうことです」


「どういうことですか」


「この話はもう良いでしょう」


「振ってきたのは楽土さんですよ」


「う……」


 楽土が苦い顔をする。


「でもあの娘さん、とっても可愛らしかったですよね?」


「ええ、それはまあ……」


 楽土が頷く。


「本当にもう、私の若いころそっくり!」


「……」


「………」


「…………」


「……笑うところですよ」


 藤花がジト目で楽土を見つめる。


「い、いや、笑えないですよ……」


「からくり戯言です」


「それもですか……」


「使っても良いですよ」


「どこで使うのですか……」


「こういう戯言の一つも言えなくては、女子にモテませんよ?」


「いいですよ、別に……」


「またまた強がりをおっしゃる……」


「いえ、強がりではなくてですね……」


 楽土が困り顔を浮かべる。


「女子に興味がないのですか?」


「そういうことはありませんが……」


「あるのではないですか」


「それよりも……」


「それよりも?」


「課せられた任務の方が優先です」


「堅いな~」


「そう言われても……」


「硬いのは色んな意味で結構なことですが、堅過ぎるのは頂けないですね」


「……………」


「……笑うところです」


「ええっ⁉ 今のもからくり戯言ですか?」


「そうです」


 驚く楽土に対し、藤花が頷く。


「い、いや~それがしにはからくり戯言は難しいですね……」


 楽土が腕を組んで首を捻る。


「最初から諦めてはいけないですよ。諦めたらそこで……きゃっ」


 藤花が体勢を崩す。鞠突きで遊んでいた小さい女の子が、ぶつかってきたからだ。


「あ、ご、ごめんなさい!」


 女の子が頭を下げる。藤花は笑顔で応える。


「大丈夫よ、気にしないでちょうだい」


「うん!」


 女の子が鞠を持ってその場を離れようとする。楽土が精一杯の軽口を叩く。


「と、藤花さんの小さい頃にそっくりですね、ははっ……」


「……待ちな」


「えっ⁉」


「⁉」


 藤花が女の子の腕をガシッと掴んで引っ張る。袖から巾着が落ちる。


「小さいのに手慣れているねえ……誰に仕込まれた?」


「ちっ!」


 女の子が巾着を離して、藤花の腕を振り払い、その場から走って逃げる。


「ス、スリだとは……」


「……誰がそっくりなのですか? 手癖の悪いところ?」


「い、いや……」


「戯言や冗談は時と場所を選んで下さい……」


「き、気を付けます……あ! 藤花さん、頭の花飾りが……」


 藤花が頭を抑える。二つある内の花飾りの一つが無くなっていた。


「やられた……下に注意を向けさせて、本命はこっちだったか……」


「お、追いかけないと!」


「良いですよ、別に……そんなに大したものでもないから……」


「で、でも……⁉」


「ひ、人攫いだ! おみっちゃんが攫われた!」


 声のした方を見ると、先ほどの蕎麦屋の娘が馬に乗った何者かに担がれて攫われていく。馬の進む先は小さい女の子が走り去った方向と一緒である。


「藤花さん!」


「見逃すわけにはいかなくなりましたねえ……」


 藤花が鋭い目つきになる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る