第2話 結婚してしまいました
結婚式は粛々と行われた。
司祭様が問ういつものあれ、誓いますかってやつも済んだ。
もちろん、ランスロット様は『はい』としか言わない。
私はちゃんと『誓います』と言ったわ。
参列客がため息をつくほど今日の私は綺麗なのよ。それなのに、朝から今まで言ったのは「うん」と「はい」だけだ。リップサービスでもいいから「綺麗だよ」とか「よく似合っている」とか、言えないものか。私は貴族令嬢だから顔は微笑みを浮かべているが、腹の中は煮えくりかえり、イライラが最高潮になろうとしていた。
そしていよいよ誓いのキスの時間が来た。結婚式のメインイベントといえばやっぱりこれだろう。
ランスロット様のことだ、どうせやるかやらないかくらいの軽いキスだろう。やったフリかもしれない。もうなんでもいいやと思いながら司祭様の話をぼんやり聞いていた。
「それでは誓いのキスを」
司祭様が私達を見る。
ランスロット様は私のベールを上げるとニコッと笑った。幸せそうな笑顔だ。
ランスロット様って笑うんだ。初めて見たわ。いつもあんまり表情がないから驚いた。
ランスロット様が私の肩に手を置いた。顔がだんだん近づいて来る。
チュッ。
え~! 終わらないの! 嘘でしょう!
これって大人なキスじゃない。しかも長い。息できない。死ぬ! 死んじゃうわ!
結婚式の誓いのキスで新婦窒息死なんて有り得ない!
ランスロット様の両手が私の肩をがっしり掴んでいる。
痛い痛い。
さすが毎日鍛えている騎士だ、力が強い。毎日鍛錬も欠かさないので強くて力があるようだ。
王太子や王族を守らなくてはならない力をこんな時に発揮しないでほしい。
非力な婦人相手にその力なんだ。絶対青あざになるよ。指の跡がつくよ。
窒息死の上に両肩に内出血の痕なんて嫌だ~!!
私は両手でランスロット様の胸を力一杯押した。
ランスロット様はびくともしない。無駄に鍛えているからだわ。誓いのキスはいつ終わるんだ。
ダメだ、もう意識が遠のいて来た。誰か助けて~。
参列者もざわざわしだした。
コホン
薄れゆく意識の中で司祭様の咳払いが聞こえた。
「新郎、それくらいで」
司祭様がランスロット様に声をかけてくれ、身体を引き剥がしてくれた。
司祭様、ありがとうございます。あなたは私の命の恩人です。
ランスロット様は驚いたような顔をして身体を離した。
自分の世界に入り込んでたのか! 勘弁してくれよ。
あなたはもう少しで人殺しになるところだったのよ。
「すまない」
小さい声でそう言った。
はぁ? なんの『すまない』だ。殺人未遂の謝罪だろうか? 私はファーストキスだったのに呼吸困難になり、天国への階段を登るところだった。
司祭様は生温かい笑いを浮かべている。私たちのことを盛りのついたバカップルだと思っているようだ。
嫌だわ。恥ずかしいわ。私はもう一度ベールを被って顔を隠したかった。
結婚式が終わり、大聖堂の扉が開いた。赤い絨毯をふたりで歩き扉の外に出た。
バタバタバタバタバタバタ
白い鳩が勢いよく飛び立った。みんながライスシャワーでお祝いしてくれる。
ランスロット様は知人に挨拶をしてくると私から離れた。
「行ってくる」と言っただけ。
私がひとりになったところを見てか、友達のソフィアとエレノアが声をかけてきた。
「ビーチェ、仲良いじゃない。愛されてるわね」
「ほんとほんと、いつも政略結婚だとか言ってたけどめちゃくちゃ情熱的じゃないの。素敵だわ~」
ふたりはキャーキャー言っている。本当に勘違いもはなばだしい。
私は否定するのも面倒なので笑ってごまかした。
ランスロット様が戻ってきたり
ソフィアとエレノアが、ランスロット様に声をかける。
「ビーチェの友人のソフィア・ロレンスです。ビーチェをよろしくお願いします」
「同じくエレノア・パーカーです。お幸せに」
ランスロット様はいつもの仏頂面で……
え~??? 笑顔やん?
「いつもベアトリーチェと仲良くしてくれてありがとうございます。落ち着いたら屋敷の方にも遊びに来て下さい。私は仕事が忙しくて、なかなか、構ってあげられないので、これからもベアトリーチェを遊びに誘ってやって下さい」
誰? あなたは誰?
婚約して5年、私に喋った言葉より多い。絶対多い。
私は頭がくらくらして来た。この人はたんに、外ヅラがいい人なのか? それとも中身が別人と入れ替わったのか?
訳がわからない。
「「ベアトリーチェ、素敵な旦那様で羨ましいわ。また夜会でね」」
ふたりはにこやかに去っていった。
私は横に立っているランスロット様の顔を見上げたがやっぱりいつもの仏頂面だ。
「ランス!」
後ろから声が聞こえて振り返った。うわっ、王太子殿下だ。どうしよう。
ちらっとランスロット様の顔を見た。すごい仏頂面だ。
「なんですか」
「お祝いを言おうと思ってな。それに夫人を紹介してもらうかなと」
ランスロット様は苦虫を噛み潰したような顔だ。王太子殿下にだよ。私の友達にはあんなに笑顔だったのに。
まさか、女性限定か? ランスロット様は女好きだったのだろうか?
ぼんやり考えていたら王太子殿下に声をかけられた。
「夫人?」
「はい。ベアトリーチェでございます」
とにかくカーテシーをしておけばなんとかなる。
「行くぞ」
ランスロット様が私の手を引っ張る。ちょっと、王太子殿下はどうするのよ?
「失礼します」
ランスロット様は王太子殿下に短い言葉告げ、その場を離れようとする。私は殿下に頭を下げた。
「申し訳ございません」
「大丈夫だよ。ランスの塩対応には慣れてるから。ベアトリーチェ夫人、もうすぐ私の妃が輿入れしてくるんだ。そのことで、ランスがまた忙しくなってしまい、蜜月休みも取れなくてすまない。この埋め合わせは必ずするから待っていて欲しい。では、夜会で」
王太子殿下は小さく手を振る。
私は後ろを何度も振り返りながら。ランスロット様に引っ張られて控室に戻った。
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