第208話 亡霊
「聞こう」
ノイゼンの王城奥に整えた庭園で、ロンディーヌは報告を受けていた。
相手は、シレイン島の鱗衆である。
「黒い龍の目撃情報です」
そう前置いて、黒鱗衆のシオニスという男が報告をした。旧ノイゼン国を中心に、"黒い龍"が出現して騒動を引き起こしていた。
「黒皇龍め……余計な手間を掛けさせる」
ロンディーヌが顔をしかめて先を促す。
「これまで、討伐した龍は7体になります」
「いずれも、本体ではあるまい?」
黒皇龍から分かたれた龍頭が、ロンディーヌ達を狙って動いている。各地に現れる"黒い龍"は、黒皇龍による何らかの仕掛けだろう。
「はい。我等の手に負えますから、姿を似せただけの
シオニスが頷いた。
「ゼノン?」
ロンディーヌが声を掛けた。
「こちらの世の生き物を龍に変え、手駒にしているのでしょう」
ゼノンが、シオニスの影から浮かび上がった。
「ノイゼンで怪物となった者が居たようにか?」
「はい」
黒皇龍は、レインが
だが、その"残り
「未練がましい奴だ。龍は、引き際を知らぬのか」
鋭く舌打ちをして、ロンディーヌが後方に控えているゾイを振り返った。
「元より、ノイゼンの者達は魔瘴に
"龍化"を施す対象として、ノイゼンの民は格好の的になる。
「そうと分かったところで、民草全てを監視することはできん。それを見透かした上での嫌がらせか」
低く唸るロンディーヌの元へ、ゾイが湯気の立つ茶器を運んで来た。
「龍の姿をしているだけの低級魔です。放っておいても、我等の脅威になることはありませんが……」
「レインの……皇帝陛下の庭先で、好き勝手されるのは我慢ならん」
怒気を含んだロンディーヌの言葉に、ゼノンとシオニスが首肯した。
「石が尽きるまで……続けるつもりでしょうか」
シオニスが呟いた。
討伐した"黒い龍"は、死後に砕かれた石片を
小指の先ほどの小さな物だが、"龍化"の核として使用されていることは明らかだった。
「さすがに、ただの嫌がらせでは芸が無い。何かの仕込みをやっているのだろう」
「やはり、ノイゼンの姫達を狙った陽動かもしれませんね」
シオニスが頷いた。
どうせ"龍化"をさせるなら、強い個体が良い。
ノイゼンの姫達が"龍化"すれば、黒鱗衆の手には負えない魔物となる。
シェントラン達でも厳しいだろう。
「あるいは、他に我等の知らぬ半神、半妖が存在するのやも知れません」
「"残り
ロンディーヌが薄く笑った。
「……ラオゼスが戻りましたね」
ゾイが、城館へ目を向けた。
目撃された"黒い龍"を討伐するためにムーナンという港町の近くへ赴いていたのだ。
首尾良く始末を終えて戻ったらしい。そういう顔をしていた。
「こちらでしたか」
中庭に面した回廊を抜けて、武具を身に纏ったラオゼスが足早に近づいてきた。
「偽物か?」
ロンディーヌの問いかけに、
「はっ! 魚人を素体にした龍でした」
ラオゼスが、ロンディーヌの前で片膝をついて低頭した。
「うん? 素体が判明したのか? 石しか残らぬと聞いたが?」
「以前、私を罠にはめたミドムという者が居たことを覚えておいででしょうか?」
「ミドム? 居たかな?」
ロンディーヌが首を捻った。
「私と同じ界から渡って来た者です。すでに叔父貴が滅ぼしましたが、どうやらミドムと同じ里の者が界を渡り、こちらの町に紛れていたようで……」
"龍化"した魚人を討った時に、偶然、人に化けていた"繰糸の民"を見つけたらしい。
「
「斬り捨てました」
「……問い質せる相手では無かったということだな?」
ロンディーヌの双眸が細められる。
「私に気付いた瞬間に毒を
「ならば仕方が無い。しかし、それで、どうやって"龍化"した素体が魚人だと判ったのだ?」
「そちらの……手の者が協力をして下さり、"繰糸の民"が根城としていた家屋を発見し、残されていた記録を手に入れました」
「鱗衆が? ムーナンは……今は、誰だったかな?」
シオニスが、煙管を取り出して口に咥えようとする。
「書簡を預かっている。我には読めぬ文字だ」
ラオゼスが、シオニスに向けて丸めて束ねた紙を差し出した。
「これは……キヌイ屋の」
小さく頷いたシオニスが、紙の束を拡げて一読した。
「複数名が生活をしていたようです。魚人の他に、海トカゲを素体として龍化させた記録が残っていたと」
「トカゲを"龍化"か」
ロンディーヌは首を傾げた。
強い"龍"は生まれそうにない。
「黒皇龍は、こちらとラオゼスの世界を行き来していたのか?」
ゼノンが訊ねた。
「不明です」
ラオゼスが首を振る。
「面倒なことだ。さっさと襲って来てくれると良いのだ。くだらん遊びには付き合えんぞ」
眉根を寄せたロンディーヌが、城館へ視線を向けた。
「あら? お客様のようですね」
ゾイが茶器を載せた盆を足下へ置いた。
複数の気配が、城内へ湧いていた。
いずれも、覚えの無い気配だ。
「龍……にしては、粗末な魔力だな?」
ロンディーヌがゼノンを見る。
「人間であれば上位。シェントランなら下位。魔呪鬼なら赤子にも劣るほど」
ゼノンがシオニスに視線を向けた。
「鱗衆では御座いません」
シオニスが首を振った。
「城の結界を超えて転移をしてきたのだ。それなりの術者が居るはずだが……それらしい力は感じ取れないな」
「わずかに神気が感じられる。神殿の連中かも知れぬな」
「私も参りましょうか?」
ラオゼスがロンディーヌを見た。
「地下牢へ行き、ノイゼンの姫達を護れ!」
わずかに考えて、ロンディーヌはラオゼスに命令した。
「はっ!」
弾かれたように身を翻してラオゼスが駆け去る。
「鱗衆は、引き続き、各地に現れる龍モドキを討伐して貰いたい」
「承知」
シオニスが素早く後退ると、くるりと踵を返して消える。
「そろそろ、来てくれないと困るな」
ロンディーヌは、綺麗に晴れ渡った空を見上げた。
「しかし……龍が舞うには、少々晴れ過ぎていますね」
ゼノンが微笑する。
「こちらを見ているようだが……どうにも、煮え切らぬ奴だ」
「所詮、残り
「時の経過は、あちらにとって深刻な喪失を招くはずだ。これほど時間をかける意味が分からぬ」
「力の根源である龍魂を失ったのです。力押しは不可能。ならば……」
ゼノンが羽虫でも払うかのように手を振った。
直上から
「……こちらの意識の外から攻めるしかありません」
「"糸"で操ろうというのか? 私を?」
ロンディーヌが顔をしかめた。
「あるいは、"糸"を忍ばせて何らかの術を発現させるつもりか」
「こちらへの襲撃は囮で、他の者を狙っている可能性もあるか」
ロンディーヌが呟いた時、城館で神気が爆ぜた。
ゾイと来客達が、闘争を始めたようだった。
「"糸"で操った者達を一斉に動かして攪乱しているのでしょう。ゾイ、ラオゼス、ノイゼンの姫君達……あるいは、別の場所にいる者を狙っているのかもしれません」
「つくづく……つまらぬ輩だな」
呆れ顔で首を振り振り、ロンディーヌは庭園の中央にある噴水池を囲む白亜の石に腰を下ろした。
「我が君がお戻りになる前に片を付けておきたかったのですが……こうも逃げ隠れをされると難しいですね」
ゼノンが、小さく溜息を漏らした。
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