第61話 暗雲
「吸血鬼か。不死の魔人……凄まじい妖力だったな」
ロンディーヌが呟いた。
「妖力? 魔力じゃなくて?」
「魔力量も多いが、妖気というのか? あれが持つ本来の力は、私の知る魔力とは根源が異なるものだ。まあ、レインによって創造されたようなものだから、異質な存在なのかもしれないな」
「そうかもしれません。僕の霊力が強くなれば、吸血鬼も仔馬も強くなります。元々の能力をよく知りませんけど……たぶん、前より相当強い存在になっていると思います」
どちらも、暗黒精霊神の依頼前に手に入れた妖魔だ。聖煌龍戦によって、レインの霊力は格段に上昇している。"吸血鬼"と"仔馬"の能力も大幅に上昇したはずだ。
「ところで、あの吸血鬼に名は無いのか?」
「……そういえば、名前を訊いてなかったですね」
名前が無くても困らない気はするし、"吸血鬼" はともかく、"仔馬" に訊いても……。
「レインによって新生した存在なのだ。新しく命名すれば良いのではないか?」
「ああ……それで良いのかな」
レインは、静かになった洞窟の奥へ目を向けた。"吸血鬼" が存在しているかどうかは分かるが、どこで何をしているのかは分からない。
(確かに……死鬼に名前をつけたのに、吸血鬼が名無しは良くないかも)
そんなことを気にする存在だとは思わないが、便宜上、呼び名くらいあっても良いかもしれない。
(吸血鬼だから、キュウとか?)
短くて呼びやすければ何でも良いだろう。
「ゼノン……は、どうだ?」
ロンディーヌが言った。
「えっ?」
「帝国の民話に出てくる鬼の名だ」
「ああ、じゃあそれで」
レインは頷いた。
「仔馬の方は、ポーラが良いな」
「それも民話の鬼ですか?」
「いや、うちにいた
「……なるほど」
まあ、何であれレインに異論は無い。
「じゃあ、ゼノンとポーラにします」
レインは頷いた。
(そういえば、どうなったかな? あれ?
神殿を襲撃していると聞いたが、未だ
(襲撃を止めて、どこかに隠れてるのかな?)
(まあ、気にしても仕方ない。それより、鉱床に行った吸血鬼はどうなった?)
結構な時間が経っている。
(この洞窟、そんなに深いのかな?)
レインが首を傾げた時、気配が湧いて "吸血鬼" が姿を現した。
「えっ?」
レインとロンディーヌが揃って目を見張る。
『遅くなり、申し訳ございません』
謝罪を口にした "吸血鬼" が、見覚えのある妖女を抱えていた。
「ゾイ……なんで、ここに?」
『鉱床付近にて、神官らしき集団と交戦しておりました』
「やられたの?」
レインは、
『聖法術で深傷を負ったようです』
「相手は?」
『すべて始末致しました』
"吸血鬼" が到着した時には、すでに戦闘が行われた後だったらしく、衰弱した
『我が君の呪気を宿しておりましたので、
「うん、まあ……
レインは小さく頷いた。
治療するかどうか少し迷ったが、
(こうして連れてこられて、放っておくわけにはいかないか)
レインは、ぐったりとして動かない
(聖法で刻まれた聖傷を消して、瘴気を集めて呪怨の糧に……)
浄滅されかかっていた
頭が無いので表情などは分からないが、喪失しかかっていた自我が覚醒したらしく、
「ゾイは、思念で会話できないの?」
レインは黒い死鬼に訊ねた。
『僭越ながら……意思の疎通であれば、私が補助致しましょう。お許し頂けますか?』
"吸血鬼" がレインに訊ねる。
「できるの?」
『はい』
"吸血鬼" がお辞儀をしたまま動かない死鬼に近づくと、首の付け根に手を伸ばした。直後、指先から黒々とした塊が放たれて死鬼の首に纏わりつくと、細革の首輪のように形を変えてから消えていった。
「なるほど……そういう式があるのか」
"吸血鬼" が使った術の仕組みを見届けて、レインは小さく首肯した。
少し複雑だが、レインにも構築できそうな術式だった。
『レイン様……』
「ゾイ、怨敵は討った?」
『残念ながら、首魁を取り逃してしまいました』
「やっぱり、神殿の人だったの?」
『ギウサス・モーダ大司祭と、その子息達です』
答える思念に憎悪が満ちる。
「子息って……大司祭の息子?」
『この手で、引き裂くことができました』
「じゃあ、残るは大司祭だけ?」
『はい。ですが……この身に集いし怨念には果てが御座いませぬ』
「ふうん……」
主体となった女だけでなく、地下牢に残留していた怨念をかき集めて生み出したのだ。女1人の怨念だけを晴らして終わりと言うわけにはいかないのだろう。
『大司祭を討った後は、御身の手で浄滅をお願い申し上げます』
自分を滅してくれという。変わった死鬼だった。
『あの牢は、大司祭とその子息達の歪んだ性癖を満たす場となっていたのです。時には、政敵を秘密裏に屠る場所にも使われていたようですが……』
地下牢に籠もっていた怨念の仇敵は、大司祭と大司祭の子息達らしい。
「神殿の人間が、そんなことを……町は臭くて汚いし、神殿は腐ってるし……聖王家も酷そうですね」
レインは溜息を吐きつつ、ロンディーヌを見た。
「私は、さほど世間を知らぬ身だが、ここまで酷い話を耳にしたことが無い。フィファリスは、もっとまともな国だと期待していたのだが……」
ロンディーヌが軽く首を振った。
王都や神殿町がフィファリスの全てというわけでは無いが、国王の居る都、国教本殿のある神殿町があの惨状なのだ。
城門の兵士の質については、レインもロンディーヌも実地で体験済みだ。ゾイの話では、城門をくぐる若い女を門兵が捕らえて地下牢に繋いでおき、大司祭や息子達が絶命するまで玩具にしていたそうだ。
「大司祭はどこに居るの?」
レインは
『本殿の地下、奥殿に立てこもっております』
「地下?」
『強力な聖光障壁があり、近づくことができません』
「……ふうん」
『いつまでも、奥殿に籠っていることはできないでしょう』
外へ出てくる時を待つつもりだと、
「なぜ、この洞窟に?」
ロンディーヌが訊ねた。
『怨敵では無いのですが、我が品を……祖母の形見の品を身に付けた者がおりました故、追って参りました』
「形見を?」
『短刀で御座います』
柄に宝石をあしらった華奢な造りで実用性は無く、一族の女が婚礼の際に与えられる飾り刀らしい。
「……短刀はあった?」
レインは"吸血鬼" を見た。
『特にそれらしい物は……鉱床に散乱していた人間が持っていたのかもしれません』
"吸血鬼" がわずかに首を傾げる。
「散乱というと……やはり、爆発があったのだな」
ロンディーヌが呟く。
『魔性の者が魔法を放ったのです』
魔法を放つと同時に、男は闇に呑まれるようにして消え去り、直後に炸裂した魔法が大きな爆発を引き起こして、その場に居た大勢の人間達がなぎ倒された。
『あの爆発の中、傷一つ無く生き残っていた人間がおり、私はその者と戦うことになりました』
凄まじい
「転移をした? 魔性の……人間じゃない何か?」
レインは首を傾げた。
「人間の男の姿をした魔物か」
ロンディーヌとレインが視線を合わせた。
思い当たるのは、
「狼人や……そちらの吸血鬼も人の姿をしている。だが、簡単に転移をしたとなると、狼人ではないだろう」
狼人は身体能力こそ人間より秀でているが、魔法を操る能力はさほど高くない。
『調べて参ります』
吸血鬼が
「いや、自分の目で見てみたい」
レインは、この場の全員で調査に行くことにした。
「鉱床の確認が終わったら、次は神殿に行きます」
「大司祭を尋問するのか?」
ロンディーヌが口元を綻ばせる。
「どうせ、神殿に居る他の人も似たようなことをやっているでしょう?」
「そうかもしれないな」
「ついでなので、全員を調べましょう」
町の惨状を放置して、神殿に籠もって何を祈っているのか。神殿だけではない。王城の主にも訊いてみたい。
「素直に応じるとは思えないが?」
「その時は、地下牢に繋いで怨霊に相手をして貰いましょう」
レインは、"吸血鬼"と
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