料理対決編

23品目「審査員たち」

『さあ、始まりました!『アイドル×シェフ』スペシャル企画、料理対決!』


奥村おくむら丈琉たけるはカメラに笑顔を向けながら、隣の御苑みその皐月さつきのハイテンションぶりに内心ヒヤヒヤしていた。


「よろしくお願いしまーす!」


派手に手を振る御苑皐月。もう一人の司会者にして、その正体は協会の理事。


奥村は心の中でぼやく。


(今日も、やばそうだな……)


「今回の対決、どう思いますか?」


奥村の問いに、御苑は声を潜め、低くささやいた。


「はい! 殺し合いになると思います!」


奥村は慌てて客席へフォロー。


「安心してください、命の取り合いはありません!」



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奥村がこの企画の司会兼審査員を務めるようになったのは、本業である動画配信が軌道に乗り始めた頃。不定期ながら協会からのオファーを受けるようになった。


彼の狙いは明確だった。

「漫画みたいな料理対決」をリアルで届けること。


ライブ配信で視聴者を惹きつけ、チャンネル登録者を増やす好機だった。


なお、隣の御苑皐月の存在は、いつ何を言い出すか分からない“爆弾”として、奥村の頭と胃を確実に痛めつけていた。



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「それでは、本日の審査員の皆さまをご紹介します!」


一人目:武元たけもと好美このみ

漫画家。『料理の王子様』の作者で、童顔で可憐な印象の女性。


「本日はよろしくお願いいたします」


深々と頭を下げる所作には、上品さがにじむ。

……が、彼女の漫画はBLボーイズラブ寄りのギャグテイスト。料理は二の次で、ファンのツボを外さないことに定評がある。



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二人目:北大路さくら

北海道出身の人気アイドル。現在はソロデビュー準備中。


「こんにちは! 北大路さくらです!」


元気な挨拶に会場が沸く。


奥村は内心テンションMAXで質問を投げかけた。


「好きな食べ物は?」


「○郎系ラーメンです!」


ギャップに奥村は思わずニヤける。


「じゃあ今日の料理、ラーメンにしようか!」


御苑が冷たく一言。


「奥村さん、鼻の下伸びすぎですよ」


「おい、やめろって!」


しかし御苑は止まらない。


「せーのっ!」


\ジョージはかーえーれ!/

\塀の中にかーえーれ!/


「ちょっと待て! 俺、犯罪者かよ!」


さくらまで真顔で「土の中に」と言い放ち、会場は罵声の大合唱。


奥村の心は、じわじわと折れかけていた──。


---


気を取り直し、会場の視線は三人目の審査員へと向けられた。


「皆さま、初めまして。エッセイストの勝俣かつまた葉子ようこと申します」


グレーのスーツに身を包み、知的な眼鏡越しに落ち着いた眼差しを送る。その口調は穏やかで、品格すら感じさせる。まるで会場の常識人だ。


司会の奥村が質問を投げる。


「勝俣さんは、今回の『料理対決』をどう見ていますか?」


勝俣は一瞬間を置き、丁寧に言葉を紡ぐ。


「料理とは科学であり、芸術でもあります。味や盛り付けといった視覚的要素、食材の組み合わせという創造力、そしてそれらを形にする調理技術。複雑に絡み合って初めて、一つの作品になるのです」


その言葉には説得力があり、会場に静かな感嘆が広がった。


「この『料理対決』は、その複合芸術を競い合う、非常に意義深い場だと私は思っています」



---


やがて、最後の審査員が声高らかに名乗りを上げた。


「私が! 大海原おおうなばら大五郎だいごろうである!!」


空気が一変する。

白髪混じりのオールバックにサングラスをかけた、恰幅の良い強面の男。彼は日本を代表する料理評論家であり、料亭の経営者でもある。


「この対決、どう思いますか?」


奥村の問いに、大海原はぶっきらぼうに答えた。


「面白い。だが、近年の“食”には物申したいことがある」


彼は、食育の軽視や、子どもたちが画一的なメニューに飽きてジャンクフードに走る現状を熱く語り出した。


延々と続く“演説”に、御苑皐月がピシャリ。


「音声さん、ちょっと音量落として〜。観客の皆さんは今のうちにトイレどうぞ〜」


客席からくすくすと笑いが漏れる。



---


「すなわち、食とは文化であり、戦場であり、社会そのものだ! ――わかったか、小娘!」


「わかります」


さくらが真剣な顔で受け止めた。


「食は社会の鏡であり、社会問題に光を当てるレンズになり得る……そういう意味ですよね?」


「ほほう、小娘と侮っていたが、鋭い観察眼を持っておるな。伊達に理事ではない」


――奥村は舌を巻いた。そうだ。御苑皐月は、協会の偉い人だった。


「ところで先生。さくらちゃんの大ファンってことで?」


話が脱線し始める。食文化のくだりはどこへ行った。


「……ただ、あの日、極寒の釧路で歌っていた君に、“灯”を見た。それだけだ」


詩人のような口ぶりで語り出す。


「うれしい! 下積み時代から応援してくれてたんですね!」


「北大路さん、もしかして大海原先生のこと……?」


「……小さい頃、漁に出たまま行方不明になった父に似ていて……」


場内が静まり返る。


「泣ける話ね。今度エッセイで取り上げていいかしら?」勝俣がそっと声をかける。


「ぜひ、お願いします」


そこへ、


「さくらちゃん、ちなみにジョージのこと、どう思ってる?」


武元の横やりに場がざわつく。


「小学生の頃、公園でいつも無言でイヤらしい視線を向けてきた変なお兄さんに似てるなって」


会場が爆笑の渦に包まれる。


「……グサッときたんだけど」


僕の心は、沈んだ。


「それではジョージ奥村さん、料理対決の進行をお願いします!」


御苑皐月が無慈悲に締めくくった。



---


審査員たちのグダグダなやり取りに、


「なにこの“謎のエピソードトーク”……」

「俺たち、料理ショー見に来たのに」

「料理対決、始まらねーな」

「ていうか、料理人まだ出てきてないよね……?」


観客席から不満の声があがる。


舞台袖では、御苑がにこやかにフリップを掲げていた。


《次の話題はこちら! “審査員の青春時代エピソード”!》


「なんで脱線に脱線重ねるのよ……」


光生は観客席の片隅で、深いため息をついた。


「……あの人、あんなキャラだったっけ?」

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