29品目「評価」
調理が終わり、静まり返った会場に、いよいよ審査の時が訪れた。
審査員は5人──年齢も肩書もばらばらだが、それぞれが一目置かれる存在だった。
評価の基準は、それぞれの美学と経験に委ねられていた。
料理に点数はつけられない。されど、選ばねばならない。会場が固唾を飲む中、最初の審査員が口を開く。
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【審査員1:奥山】
最初に口を開いたのは、奥山だった。
丸顔に少しばかり汗を浮かべた彼は、ナイフとフォークをそっと皿の上に置くと、ふぅ、と満足げな吐息を漏らした。
「いやあ……これは、ほんとに、まっすぐですねぇ。奇をてらってない。素直に焼いたステーキ、って感じです」
ゆっくりと言葉を選びながら、奥山は手元の水で口を潤す。
「バターの海で泳がせて、最後にレモンでキュッと締める……っていうのが、いいと思いました」
その語り口は、どこか親しげで、けれど料理に対する真摯さがにじんでいる。
「はい、というわけで……」
奥山は、控えめに微笑んだまま、そっと一枚の札を掲げた。
書かれていた名前は――中野。
観客席のざわめきの中、最初の一票が投じられた。
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【審査員2:
次に立ち上がったのは、小柄な女性審査員――武元好美だった。鼻先に人差し指を添え、どこか芝居がかった口調で語り出す。
「私が注目したのは――香り、ですわ」
柔らかな笑みを浮かべ、中野に一礼する。
「中野さんのステーキは、バターの香りがたっぷり。ただ、それ一辺倒でしたの。」
そこで声を落とし、ゆっくりと速水の皿に目を移す。
「でも、速水さんのは……香草と赤身肉の香りが、ぴたりと重なって……本当に素敵でしたわ」
彼女は問いかけるように首を傾げた。
「秘密は……お肉を漬け込んだオリーブオイル、ですね?」
速水は無言で頷き、小皿に残っていたオイルを差し出した。
武元はスプーンでひとすくいし、慎重に口に運ぶ。
「――この香りです」
口元を綻ばせ、そっと解説を添える。
「ローズマリーとセージを、弱火でオイルに移したのですね。インフューズドオリーブオイル。ソースとの相性も、見事でしたわ」
やや興奮気味に瞳を輝かせたかと思えば――
「うふふ……飾り気のない男の子と、爽やかな美少年がすれ違った瞬間の――」
「はいそこストップ! 武元先生、放送コードです!」
会場に笑いが起きる中、武元はあくまで優雅に札を掲げた。
「速水さんに、1票ですわ」
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【審査員3:北大路さくら】
三人目の審査員――北大路さくらは、マイクを両手で受け取ると、おずおずと立ち上がった。舞台慣れしているはずの彼女も、この場では少し緊張しているようだった。
「えっと……私、アイドルだから……料理のことはよくわからないんですけど……」
言いながらも、懸命に思い出すように目を閉じる。
「でも、速水さんのお肉……すごく柔らかくて…それに、なんか……ぎゅーって旨みが詰まってました!」
ぱぁっと笑顔になりながら、手元の札を掲げる。
「なので……速水さんに、1票です!」
アイドルらしい可憐な仕草に、場内から軽い拍手が沸き起こった。
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【審査員4:大海原】
大海原はしばらく黙って皿を見つめていた。やがて低い声で言葉を紡ぐ。
「二つの料理には明確な差がある。
片方は見事に仕上がっているが、もう一方には致命的な欠陥が隠れている」
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