3品目「退所」
照明が落ち、カメラのスイッチが切られると同時に、現場に静寂が訪れた。
「……おい、ちょっと来てもらえるかな」
怒気を押し殺した声で、局のディレクターが養成所の担当マネージャーを呼びつけた。
狭い打ち合わせ室に二人が入ると、扉が閉まる音が場違いに鋭く響いた。
そしてすぐに――怒鳴り声が漏れた。
「ふざけてんのか!? どういう教育してるんだよ!!」
「申し訳ありません……はい、再発防止を徹底いたします……」
控室の外で聞いていた養成所の研修生たちは、小さく身をすくめた。
蜜姫もその場にいた。うつむき、手元に視線を落とす。
やがて扉が開き、マネージャーが出てきた。青ざめた顔で彼女の前に立つ。
「――蜜姫くん。ちょっと、来なさい」
蜜姫は、誰とも言葉を交わさぬまま、事務所の一室に連れてこられた。
マネージャーの声は、先ほどよりも低く、重かった。
「……悪いけど、ここで終わりにしよう。君は、もう明日から来なくていい」
「……え……?」
「番組に迷惑かけたんだ。制作側は激怒してる。あれはもう、放送事故扱い。スポンサーも関わってくるの。君を守れない」
理解が追いつかない。
ただ、蜜姫の頭に残っていたのは――
(……
そんな想いだった。
そのまま荷物をまとめるよう促され、スタジオ裏に戻ると、様子が違っていた。
そこにいた大道具、カメラマン、音響、メイク、裏方スタッフたちが、蜜姫の姿を見るなり次々と近づいてくる。
「お疲れさま、あれは見事だったよ」
「いやー、あいつらの顔、最高だった。いつも偉そうにしてるから、すっとしたわ」
「アレだな、悪い奴に、正義の侍が、一太刀を浴びせる!! って、感じだったかな」
ぽんぽんと肩を叩く手。
冗談交じりながらも、どれも温かく、励ましに満ちていた。
けれども、蜜姫の思いとは百八十度、ベクトルが違っていて、その反応に、蜜姫は、首を傾げる。
「……美味しか、なかったっけ?」
スタッフたちは、全員、驚きの表情とともに、蜜姫を思わず、二度見した。
あの反応のどこに、美味しいと思わせる要素あった!?
「でも、あの場で言ってくれてスッキリした人、多いと思う。気にすんな」
スタッフの一人が、ふと思い出したように口を開いた。
「そうだ。蜜姫ちゃんだっけ?君さ、料理、好きなんでしょ?俺の知り合いが、今、東京の芸能事務所でやっててさ、アイドル×シェフを応募しているって。面接だけでも受けてみたら」
蜜姫の目がわずかに見開かれた。
「……ほんと?」
「うん。そこの住所と連絡先、渡すから」
“退所”の二文字が、心に重くのしかかる中で、若いスタッフが書いたメモ書きの紙だけが、ぽつんと光を放って見えた。
---
そしてこの事件は、密かに局内でこう名付けられることになる。
――“スイートポテト事件”。
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