ギャル、異世界へ行く。 part2

 遠目からではわからなかったが、その炎は相当に規模の大きいものだった。

 紅蓮の火柱が轟々と立ち昇り、周囲を不気味な明るさに染め上げている。

 そして、その光景の中で何よりも特異だったのが――


 「ゲッ……なに、アレ!?」

 

 茂みの影から覗き込んだ真愛まなはソレを見て、思わず叫んでしまった。

 恐らくは相当に凄まじい高温であろう、火災の中心。

 その中で、蠢いている複数のバケモノがいた。

 二メートル近い体躯、それに見合った筋骨隆々な体つき。さらに異質なのが、二足歩行をしているのに人間ではなかったということ。

 その頭部は、まるでイノシシのようであり、そのイノシシ顔から赤黒い炎を吹き出して、辺りを灼熱に染め上げていた。


 「くっ……怯むな!! 所詮は低級魔獣、落ち着いて対処しろ!」


 炎の向こうで叫び声がした。

 恐らくはイノシシ人間と戦っているのであろう、女性の凛々しい声。他の仲間がいるのか、檄を飛ばしている。

 そして、燃え盛る火炎が一陣の風と共に吹き飛ばされる。


 「はあっ!!」


 気合一閃。

 灼熱を吹き飛ばしたのは、先ほど檄を飛ばしていた女性。藍色のメイド服と西洋の鎧が一緒くたになったような風変わりな鎧を身に纏っていて、メイド騎士とでもいうべき恰好だった。

 年の頃は二〇代ほどだろうが、三つ編みに束ねられた白銀色の長い髪を振り乱しながら、両刃の長剣を振り下ろす姿にはそれ以上の威厳と迫力で満ちていた。

 イノシシ人間を睨み据えながら真一文字に振り下ろされた剣の一撃。その斬撃はイノシシ人間の肩口から真っ直ぐに胴体を斬り裂くと同時に、その軌跡をなぞるように風が渦を巻いた。

 その風の渦は、まるで高速回転する丸刃のノコギリのように激しく地面を抉りながら、近くに立っていたもう一匹のイノシシ人間へと襲い掛かる。


 ――グゲャアアアア!?!?!?!?


 耳を劈く、不快な断末魔を上げながら下腹部をズタズタに引き裂かれたイノシシ人間だった肉塊が崩れ落ちる。

 だがそれでも、あと三体。その光景を見ても怯むことなく手にした太い棍棒をメイド騎士へと振り下ろす。


 ――ギィィン!!


 彼女は、メイド鎧の籠手部分で受け止め、鈍い音が響き渡る。

 その反動を受けて、一瞬腕に痺れが走るイノシシ人間。

 その隙をメイド騎士は見逃さず、長剣を目にもとまらぬ速度で逆袈裟に斬り上げる。

 一閃。

 振り上げられた剣の軌道に一拍遅れて、イノシシ人間の首が胴体から離れて宙を舞った。さらに遅れてもう一瞬。頸動脈を斬り裂かれ、夥しい量の鮮血を噴出させながら首のない胴体が地面に倒れ伏す。

 これで残り二体。

 今しがた斬り裂かれた頭部が地面を転がるのと同時に、その二体が一緒になってメイド騎士へと襲い掛かった。

 一体は口から灼熱の火炎を吐き出し、もう一体は棍棒を振り回しながら突進してくる。


 「うぉおおおお!!! 騎士隊長リーダーはやらせない!!」


 メイド騎士の後方から、恐らくは部下であろう男たち二人が叫んで飛び出す。

 手にした剣で振り下ろされた棍棒を受け止め、もう一人の男が胴体を横一文字に斬り裂く。さらに、その斬撃に追従するように雷が走り、火炎を吐き出すイノシシ人間の開かれた口腔へと飛び込んでいく。


 ――!?!?!?!?


 雷が体内で暴れ狂い、肉という肉を根こそぎいていく。

 火炎の代わりに、黒煙をくゆらせながらゆっくりと仰向けに倒れるイノシシ人間。

 それを見て、メイド騎士たちから緊張の色が消えていく。


 「よし。オークの討伐完了を確認。ただちにこの火災を鎮火にかかる!」


 メイド騎士の言葉に「了解」と二人が返し、動き出そうとしたその時だった――


 「危ない!!」


 後先も考えず。

 何ができるわけでもないのに、飛び出していた。

 火の消火作業にかかろうとしていた騎士の男たち。

 その一人に、未だ息のあったイノシシ人間が残る死力で炎を吐き出そうとしていたのだ。

 気が付いていたのは真愛まなだけ。

 あと、ほんの数瞬で男は灼熱の火炎に包まれ、その身を凄まじい苦痛が襲うだろう。

 到底間に合う距離ではない。よしんば、間に合ったところで普通の女子高生である真愛まなにはできることはないかもしれない。


 しかし、そんなことは関係なかった。


 無鉄砲で無防備であろうとも。

 何ができるわけでもなかろうとも。

 消えゆくかもしれない命に手を伸ばさない理由など、真愛まなの中には存在しなかった。


 「間に合って!!!」


 距離にしておよそ三〇〇メートル。

 全力で駆け、手を伸ばす。

 その時の真愛まなには一つのこと以外を考える余裕は一切なかった。


 ――助けたい。


 その一心のみで、必死に手を伸ばした。

 そして、その想いは真愛まな自身にも想像できなかった奇跡を引き起こした。

 伸ばされた手。その先に、眩い光が収束する。

 まるでピンスポットライトがいくつも集中するかのように、真愛まなの手のひらへと幾筋もの光が集まっていく。

 そして、その光は段々と球状になり大きさも増していく。


 「届けぇええええ!!!!!!」


 その叫びをトリガーにして、光球が解放される。

 それはまるで暗い海を照らしだす灯台のように、真っ直ぐに突き進む一条の光だった。

 光線は、今にも火炎を吐き出さんと口元が真っ赤に染まったイノシシ人間を捉えると、その体をはるか上空へと撃ち上げ粉々に爆散させた。


 「な……!?」


 驚愕するメイド騎士たちの周囲に、パラパラと黒コゲになった細かい肉片が降り注ぐ。

 そして、当然真愛まなの周りにも。


 「え……? なに、今の……?」


 騎士たちが驚く以上に。

 真愛まな自身が一番驚いていた。

 自分の手のひらから放たれた光線。

 騎士を助けようと思ったこととか、そういったことは完全に頭の中から消し飛んでいた。

 困惑、そしてその後にはパニックが襲ってきた。


 「なになになに!?!?!? あーし、一体何をやったの!?」


 自分の右手首を掴んで、叫び出す真愛まな。まるで、そこから先は自分の体ではないかのようである。

 パニック状態でそこらをウロウロしてしまう。


 「……なんだ、彼女は?」


 その様子を見て、藍色のメイド騎士――名はセシリア。は、逆に落ち着きを取り戻していた。

 最初は、低級魔獣であるオークとは別の魔獣が攻めてきたのかとも考えたがその考えは違っていたと思いなおす。

 目の前で混乱している少女の動きは、ブラフ――こちらを騙そうとする演技ではない。そもそも、あれだけの速度と威力を発揮できるのなら、最初の一撃で三人まとめて消し飛ばすこともできたはずである。

 目の前の少女は、今回の魔獣討伐とは無関係。

 だから――


 「誰だかわからないが、キミを拘束させてもらうぞ」

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