第20話執事長side

 

「う……うう……そんなはずは無い!!こんな馬鹿な話はあるはずがないんだ!!アリックス……どうして……」


 もうおしまいだ。旦那様の精神は終焉を迎えるのかもしれない、と私は思った。


「こんな馬鹿な話が許されてたまるものか!!」


 奥様は伯爵家を出て行かれたそのすぐに、この国を出て行かれてしまったらしい。正確には旅行に行かれてしまったのだ。その事を知った旦那様は茫然自失で何も出来なくなってしまっている。

 まさか、ここまで酷いとは思いもしなかった。


 奥様の後を追って行けばいいと思うのだが……そう単純な話では無かった。奥様は数ヶ月間の旅行ではない。世界一周だ!!旅行先が何処であるのかも分からない。帰って来るのは年単位。……そもそも戻って来るのだろうか?別居する契約だ。奥様は王妃様のお気に入り。この旅行も王妃様からのプレゼントだという噂だ。奥様のご実家に行っても「嫁いだ娘の事は知りません」と言われてしまう始末だった。


「自分達の娘の事だと言うのに心配しないとは何だ!?」


 旦那様は奥様のご実家に怒り心頭だった。

 それも無理はない。奥様のご実家は知らぬ存ぜぬ、それどころか「次の融資を……」と旦那様にすり寄ってきた。すり寄ったのはご両親ではなく奥様の兄君の方だが……。これが困った方なのだ。一応、子爵家の跡取り。何よりも奥様の兄なのだ。勝手に潰す事はできない。どうしたものかと思案していた時に、新しい法案が出来た。


 女性の社会進出を後押しする為のものだった。

 奥様に離婚して貰っては困る旦那様はその事を利用する事を思い付き、それを議会にとある法案を提案……いや、可決させたのだ。この旦那様は頭の出来は決して悪い方ではない。寧ろ良い方だ。だが、こうも自分の都合のいいように考えを思いつくとは……。まぁ、悪い法案ではない。女性にとっては良い法案だ。


 これで、女性で社会進出をしようと頑張る方が増えるだろう。

 貴族女性の社会進出が広まればその分、家に対する圧力は減る筈だ。その上に旦那様の提案。それは女性の爵位継承が許された。それもこれも女性の社会進出に力を尽くした方が女性アリックスで、その女性アリックスが王妃様の右腕的存在だという事もあり実現したものだ。


 この案により女性は男性と同じだけの地位と権力を持てる事となったのだ。


 国の活性の為にはコレが一番だろう。

 婿入り男の御家乗っ取り問題が近年問題視されていたのだ。乗っ取りは重罪だ。にも拘らず、乗っ取り計画は後を絶たない。未然に防げた事件もあったものの……それは極一部だった。


 だが旦那様は解っているのだろうか?

 この法案が通った事は奥様にも子爵家を継ぐ権利を有しているという事を。

 






 


 三年後――



「アリックスが帰って来る!」

 

 突然、そう言い出した旦那様。

 詳しく聞くと王宮で奥様が帰国する情報を入手したとか……そうですか。喜びのあまりハイテンションになっているのか、旦那様の話しは支離滅裂です。現に今も……。「帰ってきたら盛大にパーティーを開かないと!」とか、「そうだ。当日は迎えに行こう!きっとアリックスも私に早く逢いたいに違いない!!」などと事を口走り、準備の為に屋敷中を走り回っておられる。


 旦那様、奥様が伯爵家から出て行かれて三年が経ちます。出て行かれる前に奥様は「契約通りに別居する」と仰っていらしたのを、お忘れですか?

 もう、帰って来ないと覚悟した方がいいのではないだろうか?

 いやしかし……このように喜んでいる旦那様には言えない事だ。私はこの事を胸の内に収めておくと決めました。

 そもそも旦那様の想いは一欠けらも奥様には伝わっていません。旦那様が口に出して伝えていませんからそれも致し方ない事だと思われますが……。



 数日後、奥様を迎えに港に向かわれた旦那様は朝に出かけ夕方にお一人で戻ってこられました。

 屋敷の一同はてっきり奥様に振られたのだと思いました。というよりもそれ以外に考えられなかったと申しますか……。


「何で船に乗ってないんだ!!帰って来るって話だったろう!!?」


 旦那様から発せられた言葉によって、奥様は「伯爵家に帰ってこない」のではなく、「未だ国に帰ってきていない」という事が明らかになりました。


 へたり込んでしまった旦那様を寝室まで連れて行くように命じ、他の者達に今日の業務の終了を言い渡した。


 


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